2話 異世界に転生したようです
転生してから約三か月が経過した。
赤ちゃんというのは、ほんとうにやることがない。
ミルクを飲んで、寝て、起きて、また寝る。
おむつを替えられ、泣けば誰かが走ってくる。
あれ? これ、もしかして人生の完成形では?
病院で寝たきりだったころと比べると、
今は泣くだけで皆が僕を心配してくれる。
「ユウト、今日もかわいいね~!」
母エミリアが頬をすりすりしてくる。
いや、かわいいのは分かってるけど、そんなに連打しなくても。
父レオンは毎朝「男は泣くな!」とか言いながら、
僕が泣くと三秒でギブアップしてあやしにくる。
……すぐに手のひらを返すあたり、いい父親だと思う。
そして問題は、姉のリリア。
毎日テンションが高すぎる。
僕のベビーベッドを覗き込んで、目をキラキラさせてくる。
「ユウト、起きてー! ねぇ、寝てるの!? 動いてー!」
動いてあげたいけどまだちゃんと動けない。
リリアは僕の小さな手をつかんで、無理やりバンザイさせたり、
「ほら、笑って! 笑って!」と顔をつついてきたりする。
母は止めない。
「仲良しね~」と微笑んでいる。
微笑ましいけど、眠れないのでやめてほしい。
そんな生活を過ごしていたある日、姉のリリアが盛大に転んだ。
持っていたおもちゃは盛大に吹き飛び、結構痛そうだった。
「うぇ……うぇぇぇんっ!」
リリアの泣き声が部屋に響いた。
鼻をすする音と、しゃくりあげる呼吸。
「どうしたの?」
母のエミリアがリリアを心配してこっちに来た。
「あらあら、盛大に転んで、血も結構出てるじゃない。」
エミリアはリリアの血が出た部分に手をかざした。
なにをするんだろう....。
「穏やかなる風よ、古の歌を奏でよ。癒しの旋律!」
緑の暖かい光があたり一面に広がった。
まるで春の風が目に見えるようで、柔らかく、優しい。
空気がふわりと揺れた瞬間、リリアのすり傷がすうっと閉じていく。
「……すごい」
僕は言葉にならない感嘆を心の中で呟いた。
これが、魔法!
ゲームや本の中の話じゃなかったんだ。
この世界では本当に“奇跡”が現実なんだ。
リリアは目をぱちぱちさせながら、手を見つめていた。
「いたくない……ママ、すごい!」
「ふふ、これくらい朝飯前よ」
エミリアは得意げに胸を張る。
母の掌からまだ微かに緑の光が残っていて、
僕はその光をぼんやりと見つめた。
――あの光、きっと僕もいつか使えるようになるんだろうか。
心の中に小さな憧れが灯った。
赤ん坊の手を握りながら、僕はこっそり思う。
いつか僕も、誰かを癒せるようになるのかな....。
もちろん、その直後にミルクの時間が来て、
その決意はあっさりミルクに流されたんだけど。




