第9話 お父ちゃん。
ダラダラとハンネスの口から紅茶がこぼれている。おいおい。お行儀が悪いぞ。
「おま…いつの間に…しかも、こんなにおおきな子供まで??」
「いや、違うから。」
「お父ちゃん、大丈夫なのか?連れていかれるところを見たから、僕、心配で。」
アンナはまだ棒切れを握りしめたままだ。
「お前も、棒切れを離せ。何でもない。誤解だ。」
ハンネスが袖で口を拭きながら、アンナと俺を交互に何度も見ている。
「誤解?この子の母親は誰だ?まさか…ベンノ国で手間取ったとき?あそこには銀髪美人がたくさんいたもんな。やるな、お前。俺、お前のこと誤解してた。やる時はやるんだな。」
「いや、何もやっていないから!話をややこしくするな!こんなでかい子がいるわけないだろう?」
「あの時お前は…15歳?いや、やれるだろう?」
「だ・か・ら!」
ようやく棒切れを下げたアンナが、不思議そうに俺たちを見る。
「お父ちゃんの友達なのか?」
「お、おう。どうした?何かあったのか?」
「隣の空き家に鎌だの鍬だの残っていてさ、使っていいか?お父ちゃん?」
…わざとだな。絶対わざとだ。
ハンネスが椅子を勧めてくれて、座ったアンナがお菓子をむさぼり食べている。こいつの食い物に対する執着は何なんだろう?王女様だったというのに…一度死んだ後遺症か?
「なあなあ、ランベルト、陛下の書簡にあったお前の婚約者ってまさか…この少年じゃないよな?」
「……」
「え?…お前…女嫌いでついに?そっに走ったのか?しかも、陛下公認の婚約者なんだろう?違うって言ってくれ!!」
ハンネス…話がややこしすぎる。
「わけあり、なんだ。しかも、こんな男しかいない僻地に女の子が一人いたら…さすがにまずいだろう?」
「…なるほど…」
俺とハンネスは、おいしそうにお茶を飲んでいるどう見ても13歳ぐらいの少年にしか見えないアンナを眺めた。
*****
俺とハンネスの心配をよそに、アンナは新人の兵士を手なずけて、非番の時に畑仕事をさせている。…いや、お願いしている。
結構希望者が多いらしく、荒れ果てた畑はみるみる整っていった。
もちろん、俺も手伝わされている。農業に使う筋肉は、剣を振るうのと違う筋肉らしく、しばらくは筋肉痛になった。
新人たちは、仕事中、壁造りに駆り出されているのに…若いって素晴らしいな。
「お兄ちゃんたち、ありがとうね」
と、にっこりと笑う顔が可愛らしいのだと…騙されてるぞ、お前ら…いろいろと…。
「お父ちゃん、ここは麦を撒くから。あっちは空けておいて。今、玉ねぎの苗を育ててるから。それから…」
アンナが夏場に植えたのは、玉ねぎ、かぼちゃ、大豆、蕎麦、それから市場で買った小さくて売り物にならなかったジャガイモ。
「小麦は作らないのか?」
「まだ。大豆の後にしようと思う」
どうもいろいろな作物をローテーションしながら作っていくらしい。
山脈が途切れているこの地は、不思議と雪が少ないらしい。風はあるが。
標高もそれほど高くないので、11月くらいまではなんとか薪をたかずにいられるらしい。
11月に刈り取って収穫した干した大豆と麦の茎と殻を、風のない日に畑で燃やす。
これが麦の肥やしになるのだそうだ。
充分に燃やして灰になったところを、新人兵士に耕してもらって、いよいよ麦を撒く。こいつが持ってきたのは、ほんの一握りくらい。場所を変えて、市場で買った麦も撒く。
年内の畑仕事が終わったので、収穫したジャガイモを揚げて、駐屯地の兵士たちに振る舞う。塩味だけのシンプルなものだったが、揚げたてのイモはなかなかおいしかった。
*****
食後にソファーでゴロゴロしていた。アンナは机に向かって農業日誌を付けているようだ。ローテーションを間違わないように、畑の一覧表も作っていた。
「お前さ…」
「あ?」
話しかけたら、ノートからアンナが顔をあげた。髪も少し長くなったな。
外は先ほどからちらちらと雪が舞い始めた。住み着いた家に一つだけの小さな暖炉の火がよく燃えている。
「そんなに農業の知識があったんなら、自分の国ぐらいなんとかできたんじゃないのか?」
「…ふふっ、そうなんだよネ。干ばつに強い麦を試験場で作っていたんだ。繰り返し…まあ、年に2回しか交雑させることができないんだけどね。私も…何とかなると思っていた。頭でっかち?甘かったなあ…先を見る目も、民を見る目も持たなかった。」
「で?できたんだろう?」
「うん。もちろん植物だから、全然水がなければもちろん枯れるんだけどね。ある程度は干ばつに耐えられるものはできた。道々、説明しながら配ってきたけど…あの麦が穂を作って、その麦をまた撒いて増やして…そんな時間は私にも民にもなかったってことさ。」
「国に帰りたいか?」
「どうかな…一度死んだしな。」
薪がパチッと音を立てる。やかんのお湯も沸きそうだな。