第8話 開拓地。
アンナと口げんかをしながら、なんとかゲルダ国に着いた。馬が一頭しかいなかったから、休み休みだったこともあり、2週間ほどかかった。
ゲルダの街道近くで買い出しをして、目的地の国境沿いの駐屯地に向かう。
「何を買い込んだんだ?」
町はずれの市場で、これを荷馬車に積めとアンナに言われて、大きめの木箱を持ち上げる。重いんだけど?
「ジャガイモ」
「積んであっただろう?」
「小さくて売り物にならないようなものを安く買ってきた。」
「……」
「あとは…鍬とか、かな?」
「これから行くのは、遊牧民の奇襲で集団離村した村だから…なんかしら残ってるんじゃないのか?それを使えば?」
「そうか。じゃあ、あと必要なものは…」
ぶらぶら市場を歩いていると、地元のおばちゃんに声をかけられた。
「坊ちゃん、どうだい?カボチャが美味しいよ?お父さんに買ってもらいな?」
「…お父ちゃん、カボチャ、買ってくれ。」
振り返ったアンナがキラキラの瞳で見上げてくる。
おい…
もう言い訳するのも面倒なので、カボチャを3つほど買う。あとは、大豆の大袋2つ。お父ちゃんが持たされた。
お父ちゃんは…まだ26歳なんだけど???
こいつは俺が5歳の時の子か!!!!
アンナはその呼び名が気に入ったらしく、俺はその後、こいつにお父ちゃんと呼ばれるようになる。俺…
*****
国境近くの廃村に着き、比較的損傷の少なかった家に決めて、荷物を下ろす。
アンナが畑を見に行くと言うので、俺は国境の駐屯地の兵士たちに挨拶に出向くことにする。廃村は草に覆われている。こりゃあ、畑も大変そうだな。
馬を木陰につないで、ぶらぶらと歩き出す。
5.6年前までは、草原のかなたから遊牧民が押し寄せたりした。5年前は大規模な奇襲攻撃だったから、家が焼かれたりして、住んでいる村民を強制的に離村させた。
ここ3年はぴたりと止まっている。首長が交代したらしい。陛下が言っていた。
…毎度毎度、陛下の情報網には驚かされる。この帝国の併合国はもちろんだが、アンナの国にも遊牧民族の国など国交のない国にも奥深くに手の者が入り込んで普通に生活しているようだ。情報はいろいろな方法で陛下のもとに届く。鳩だったリ、商人だったり…。
はあ…かなわないなあ…まあ、張り合いようもないんだけど。
そんなことを考えながら野道を行くと…兵士に囲まれた。
「おい、そこの男、止まれ。」
「俺だ。ランベルトだ。」
「は?」
こいつら、新人か?
「帝国軍副将軍のランベルトが来たと言え。今期の師団長はハンネスだろう?奴を呼べ」
スパイなんじゃねえか?どうする?なんて会話が聞こえてくる。警邏していた5人一組の小部隊だ。ぐるぐると縄で縛り上げられてしまった。そうか、そう言えばすっかり失念していたが、俺は今、古着屋で買った服を着てたんだったな…。
「ハンネス殿が言っていた男じゃないか?近々、怪しげな男が来たら縛り上げて連れて来いとおっしゃっていた。」
「でも、この男、平民でしょう?副将軍の名をかたるなんて、とんでもねえ奴だ。」
…おい…抵抗してもいいが、まあ、いいか。
そのまま駐屯地の宿舎の隣のハンネスの執務室につれて行かれる。
懐かしいなあ。あんまり変わっていない。俺がいたのは5年前になる。旅の商隊と、たまに来る遊牧民の奇襲を待つだけではあんまり暇だったから、どうせなら面倒ごとを避けるように2メートルくらいの壁をみんなで作っていた。遊牧民の馬が乗り超えてこなければいいわけだし。陛下に進言したら、二つ返事で了解してもらえた。それから…主に軍の新人が一年間派遣されるここは、ほとんど土木作業に従事している。
「入れ。」
そう新人に命令されて、執務室に入ると、ハンネスがニヤリと笑って歓迎してくれた。
「おや、まあ。これはこれは、副将軍のランベルト殿にそっくりですね?」
…わざとだろう?俺が来るのを知ってたなお前。
ハンネスは俺の騎士養成所時代からの腐れ縁だ。同じような時期に帝国軍に入り、あちこちの前線を戦い抜いてきた。寄せ集めの帝国軍には出身国がわかるように、制服の詰襟に色分けした飾りがついている。こいつも俺も、エルゼ国の白、だ。
しかし…俺の周りにはどうしてこうも、変な奴ばかり集まってくるんだろう?
「ハンネス、早く縄を解け。」
「ん-どうしようかな?そっくりさんかもしれないし。なにか、あなたがランベルト殿本人だと証明できますか?」
「ハンネス…お前のけつにはハート形の痣がある。」
「……」
「それから、」
「もういいよ。冗談だよ。何やってんだお前ら、この方は帝国軍の副将軍、ランベルト殿だ。縄を解け。お茶を出せ。」
恐縮した新人が縄をほどいてくれた。そそくさとお茶まで出される。
縛られていた腕をさすりながら、どかり、と椅子に座る。
「お前、新人に捕まってんなよ。腕が鈍ったんじゃないのか?」
「こんなところで暴れてどうする。随分壁も出来たな。」
「ああ、お前も知っているとは思うけど、3年くらい奇襲もない。やることないからどんどん壁も進むさ。」
「いいことじゃないか。平和、ってことだろう?」
「まあな。お前は今回はなんだってこんなところまで…え?…」
お茶を飲みかけたハンネスの視線が、バタンッ、と開いたドアにくぎ付けになる。
「お父ちゃん!!大丈夫なのか?助けに来たぞ!」
そこには…棒切れを持ったアンナが立っていた。