第5話 地図。
「お呼びでしょうか、陛下。」
陛下の執務室に呼ばれて行って見ると、壁一面にはられた大きなドラッヘン帝国地図を前に、陛下が立っていた。
「ああ。お前とアンナをどこにやろうかと思ってな。」
ビアンカ山脈から流れ出る二つの大河。この国の農地を潤している。大河はやがて南で海に流れ込む。ドラッヘン帝国、帝都は旧帝国にある。もともとこの大河を両脇に置く大国だった。周辺国同士の小競り合いが続く中、俺が騎士養成学校に通っているほんの3年の間、俺の国、エルゼ国は戦わずして帝国に下った。賢い選択だったと思う。不要な血を流すことはない。俺の兄、大公家の嫡男に嫁に来るはずだったソフィーアが差し出された。
俺は、併合されたばかりの我が国から、帝国軍に入った。
山脈の裏側、北西はあの女の国、アルバ国。暑くて寒くて、どうしようもない国らしい。同じ山脈の裏表だというのに、年中水不足らしいし。
そして、北東に広がるのは遊牧民族が走り回っている荒野。その先は砂漠。その昔、攻め入ってきた遊牧民族を追って、馬で駆けたことがある。山脈が見えないところまで行ってしまったら、もう戻れないだろう、と肝が冷えた。それくらい何もなくて広い。
手を後ろ手に組んで地図を眺めている陛下。
何て無防備なんだ。…まあ、それだけ俺が信用されているということか?まあ、この人にかかったら、素手でも剣でも勝てはしないが…シャツを着ていてもわかる、背筋の盛り上がり。短く切った金色の髪。
「やはり、ここかな。面白そうなのは。」
陛下が指し示したところは、ゲルダ国。ビアンカ山脈の東の端になり、俺が昔、遊牧民族を追っ払ったところだ。荒野、の始まりの地、みたいなところ。鉱物資源と、遊牧民族の南下を防ぐ目的がなければ、あえて取りたいと思わない国だな。
「国境沿いに軍も駐留していることだし、問題ないだろう。逃げたら死ぬだけだ。」
「はあ…」
「まあ、お前も長いことよく戦ってきたんだ、すこしゆっくり休め。」
「…はあ」
「そうだな…お前が出向いている間に遊牧民が動いたら…お前の判断でどうとでもしていい。」
「…はあ。」
まあ、ここのところおとなしいので、何もなさそうだけどな。
ゆっくりと振り返った皇帝陛下が俺を見る。
「なんだ?不満か?」
「いえ。別に。」
「くくっ、皇后に会えなくなるのがそんなに不満か?」
「いえ。そんなことはありません。」
「まあ、お前も少し、羽根を伸ばせ」
「ありがとうございます。」
羽根って…どうやって伸ばすのさ?
一礼して退室しようとすると、
「そうだな。お前の婚約者にしよう。あの女の身分は明かすな。後々面倒だから。」
「ぐえっ?」
「…カエルになったのか?ランベルト。その方が都合がいいだろう。いいな。」
…なにが、どういいんですか?




