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第1話 その娘。

その夏は暑かった。


皇帝陛下が避暑を兼ねて、偵察と称し、騎士を何人かだけ伴ってピアンカ山脈の中腹にある山荘に来ていた。俺はそのお供の一人。皇后陛下やそのお供の者たちはこの山のふもとの別荘に滞在している。


標高が高いのと、ピアンカ山脈の万年雪のおかげでかなり涼しい。夜は毛布がいるぐらいになる。顔を洗おうと泉の水に手を入れると、一瞬で目が覚めるほど冷たい。


この山脈を越えたところに小国が一つ。陛下に言わせると、取るに足りない、奪いたいとも思わないほどやせた土地の国。その奥は作物の作れそうにない荒れた草原と、暴れ者の遊牧民の住む広がる砂漠。

この山脈の南に広がる我が国は雪解け水の恩恵で肥沃な土地だが、この山脈の北側はどうしようもない。寒くて、暑くて、年中水不足だ。


何時ものように朝、顔を洗おうと泉に手を入れると…人が浮いていた。

おいおい…


部下を呼んで、二人で引き上げる。死んでいるんだろうが、皇帝陛下もお使いになる泉に、入れっぱなしにしておくわけにもいかない。

引き上げて転がすと、げほげほっと水を吐き出した。身なりからして農奴の女のようだ。こんなところに?

幸か不幸か…水温が低かったのが幸いしたのだろう、その女は生きていた。上ってきた朝日に当てておくと、ゆっくりと息をし始めた。


皇帝陛下にお伺いを立てると、近隣諸国の間者かもしれないから、介抱して意識が戻ったら情報を聞き出すように言われた。担当は…俺?俺、一応、この帝国の副将軍なんだけど…。


ここには牢屋なんてものはないから、使用人部屋に運び込んで、いつもここに来るたびに頼んでいる賄いのおばちゃんに、その女の着替えを頼む。あの水に長いこと浸っていたせいか、運び込むときも随分と体温が低かった。


着替え終わったというので部屋に入る。おばちゃんにどう思うか聞いたら、

「日に焼けてるしねえ、手もあれているよ。髪だって自分で切ったみたいな切り方だしね…農奴かなんかじゃないのかい?世をはかなんで自殺した?いや、でもね…ここに上がってこれる人間は限られてるしねえ…不思議だよネ?」


そう。ここに上がってくるためには、ふもとの村を通ることになるが、今は皇后陛下が避暑に来ているので、かなり警戒が厳しい。まして…皇帝陛下の別荘まで上がってくる道は、兵士が固めている。どうやって?


「あたしのお爺ちゃんから聞いた昔からの言い伝えだとね…この泉は隣の国につながっていて…時々花とか流れてくるんだって聞いたことがあるけどね…まさかね?」

「え?いや、まさかでしょ?」

背後には高い万年雪を抱いた山。岩の割れ目から吹き出すように冷たい水があふれだす泉。隣国は確かにこの山の向こうだが、そことつながっているなんて、現実的じゃない。

「だよね。じゃあ、あとはよろしくね。毛布も掛けておいたから。」


そう言って賄いのおばちゃんは台所に下がってしまった。


と、なると…陛下のおっしゃる通り、間者なのか?どこか進入路があるのなら今後のために聞き出す必要もあるしな…。目が覚めて、自死されても困るし…


俺は仕方なく、この女が目を覚ますまで待つことにした。

その間、おばちゃんが脱がせてくれた粗末な服を確認する。水でぐちゃぐちゃになっているが…粗末な麻の被って着る服に、麻の紐。サンダルもはいていなかった。首からぶら下げていたのか、紐のついた手縫いされた袋を開けてみると…幾重にも油紙で包まれた麦の穂と何かの種??


いや、これ、農奴決定でしょう?















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