ジェイン・オーレリー・ターラント 8
ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン
弔鐘の鐘が鳴る。
喪服に身を包んだシーラは、墓地に納められる母の棺を見ながらさみしい葬儀だったと考えた。
アメリア様への暴力事件を起こした母は、領地で二年近く療養という名の元に軟禁されていた。
準王族への暴力未遂ということから考えると、軟禁程度で済んでいるのだからまだ軽い措置だったのだろう。
アメリア様が事を荒立てない、とご宥恕して下さったから、こうして葬儀までさせていただけているのだけど。
つまりは世間的には、母は単に病ゆえの病死ということになっている。実際は……どうなんだろう?これも一種の病死なのではないだろうか?
この一年ほどはほとんど、母は夢の世界にいたようなものだった。赤ちゃんを模した人形を抱えて歩き、その時時で人形はアメリアと呼ばれたりシーラと呼ばれたりしていた。時にはエグバートとも……
母の世界は穏やかで、いかにも幸せそうな様子にシーラは、人形のシーラがそろそろ歩き出しそうだと説明してくれる母に相槌を打ちながらも、涙が出そうだった。
そこにはシーラのよく知る母のトゲトゲしさは欠片もなく、欣幸に満ちた美しさがあった。
この母の世界で育つことが出来たら……私たちはきっと幸福だっただろうに……
夢の中で暮らしていた母の最期は、人形を連れての散歩中の事故だった。
風か何かに吹かれたリボンを追いかけたのだろう、水辺で浮かんでいるのが発見されたのだった。
「シーラ、そろそろ館に戻ろうか」父のエドワードが、シーラに話しかけた。
いつの間にか、棺はしっかりと土で覆われていた。
「あ?ええ、そうね、戻りましょうか」母の最期に思いを馳せていたシーラは、父の声に我に返った。
シーラは、エドワードと弟のエグバートの三人で、会話もなく領地の館に歩いたのだった。
☆
葬儀にふさわしい天気だったのかもしれない。館の一室で三人、熱いお茶を飲んだ途端にシーラは、曇天の中肌寒かった事に気がついた。
「温まるわね……」一言ポツリと言ったシーラに、父もエグバートもそうだね、と頷いた。
「どうなさったの?お父様ったら、いやだわ。思い出し笑いなんかして」ニヤッとした笑いを顔に貼り付けて、エドワードがお茶を飲むのに、シーラは父親に対してのきつさを込めて言った。
「すごく落ち着いだ時間だったと思って…… この一年は特に楽しかったよ」そういう父に向かって、今度はエグバートが信じられない、と言う顔をした。
「あの母と暮らしての言葉がそれというのは、私には到底行き着けない境地ですよ」少年らしい潔癖さをこめて、エグバートが言った。
「あら、バートは学園で忙しくしていたから、ここ最近はお母様と過ごしたことはないのでは?わたくしもこの一年のお母様となら、楽しかったかも知れないわ」
「ああ、そうだね。実際に私とジェインは、結婚生活をやり直したような気持ちだったよ」
「……そんな、いつでも人形を持って歩いて可怪しかったらしいじゃないですか」いかにも嫌そうな顔をしたエグバートにシーラは言った。
「あら、あの子はエグバートと言って、お母様はずいぶん可愛がっていらしたのに」唇を尖らせながら、ふざけて言うシーラに、今度はエドワードが言った。
「時々はシーラと呼んでもっとお勉強しないといけません、なんて言ってたよ」
「まあ!」三人は声を合わせて、笑った。
「多分ジェインはあんなふうに過ごしたかったんだろうと思うよ。何を間違えてしまったんだろうなあ……」
そう言って声をつまらせたエドワードに、二人は掛ける言葉もなかった。
☆
「では葬儀は無事に終わったのね?」私は葬儀のための休暇を終えて、挨拶に来たシーラに言った。
「はい、葬儀の許可をいただけてターラント子爵家も感謝しております」頭を下げながらシーラが返した。
「まあ、一応は何もなかったことになっているしねえ……」
「それでも、有難いことでございます」
着席を許して、お茶を勧める。
「子爵はどうしていらっしゃるの?」
「あの母が亡くなって……こんな事を言うとは思わなかったんですが、とても寂しいらしいです」
「愛してらしたのね」
「……最期の一年で結婚生活をやり直したんだそうです」
「どういうことかしら?」
「母はもう最後の方は、夢の中で暮らしていたんですが……父にとっては、その母の方が暮らしていて楽しかったんだそうです」
「それじゃあ、本来の性格はそっちの方だったのではなくって?」
「どうして……何があってあんな事になったんでしょう……」シーラは急に込み上げてきた気持ちを抑えて、言った。
「それは分からないわ、きっと本人にしか分からない理由なんでしょう。誰にも分かって欲しくなかったんじゃないかしら?」
「分かって欲しくない……?」
「きっと、誰にも知られたくない、触れられたくない理由があったのよ。だって、分かって欲しければ言葉を尽くすものでしょう?」
「そうかも知れません……」
私たちの母、ジェイン・オーレリー・ターラントはその人生に幕を引きました。最期まで私には理解できない母でしたが、晩年を夫であるターラント子爵が幸せだったというのなら、彼女もきっと安穏だったのではないでしょうか?
親しさも愛も感じなかった母でしたが、その最期の日々が穏やかであったことに、私も不思議と喜ばしい気持ちとなったのでした。
後一話、蛇足的な話を明後日投稿して終わりとなります。
長くお付き合い下さって、ありがとうございます。




