ジェイン・オーレリー・ターラント 5
大丈夫、お父様も私のことを愛する娘と言ってくださってる。そう、わたくしジェイン・オーレリーは、ダリウス・ソロモンの娘なのだから、誰に恥じることもなく生きていくのよ。
お父様の手帳を見てから、私は母の愛を受けなかったことに納得をしたものの、自分が出自を偽っていることに罪悪感を覚えていた。
恐ろしくて言えない…… もし私が犯罪者の娘だと分かってしまったら、そう思う一方でやはり自分はお父様の娘なのだ、と思える日もあり…… 気持ちが落ち着かず、荒波に飲み込まれぐるぐると翻弄される小舟になったような心持ちで過ごしていた。
きっとエドワードはこの事を知ったからと言って、私への態度を変えることはないだろう、と頭では分かっていても、それを実際に試したいとは到底思えなかった。
お父様もこの事は誰にも伝えていない、と手帳に書いていらしたし……
このまま私が黙っていたら、それを知る人はいないはず……
お母様のご実家とは、お母様が未婚で身ごもった際に縁切りとなっていたそうだし、お母様は産後に身体を弱くして……と言う理由で表にはでなかったので、父の関係者で妻である母の顔を知っている人は、いない。
実際に母が寝込んでいる姿しか見ていないジェインは、母には社交界に戻る気概は無かったのだろうと思った。
おそらく初めての夜会でひどい目に合い、母は以前の友人や知人に会うことにも恐怖だったのだろう。自分の身に起きたことを欠片でも知っている、もしくは推測している人に会うのを避けていた。
ジェインもあの手帳を読んで初めて知ったのだが、ジェインは誕生日でさえ本物ではなかった。
母の実家にあの時の子は結婚後に流れてしまった、と伝えるためにジェインの出生届は、ほぼ一年近く誕生月を遅く出されてあった。
ジェイン今まで信じてきた確実なる自分、と言うものを見失ってしまった。父親も生まれた日までもが、本当のものではなかった……
ジェインは足場となるその地面が、崩れていくのを感じたのだった。
夫のエドワードは、最近塞ぎ込んでいる妻をなんとか元気づけようと、明るく話しかけた。
「男の子だろうか?君によく似た女の子かもな……男の子だったらお義父さんに似てるかも知れないな。楽しみだ」
ジェインの膨らんだお腹に手を当てて、彼は心底楽しそうに話した。
「お父様に……に、似てるかしら……」ジェインは動揺を取り繕いながらも、返事を出来たことに感謝した。
お父様になんて、似るはずもない……
この子が産まれて、誰にも似ていなかったら…… ああどうしたら良いの……誰か……
出産を前にジェインは、どんどんとやつれていった。
周囲は出産を控えて神経質になっているのだと思い、できるだけ励ますような言葉をかけたのだが、自分の中に閉じこもったジェインにはその一言一言が、自らの出自への不安とつながった。
☆
「ああ、助けて、ああ……」産みの苦しみに耐えかねて、ジェインは心からの本音を吐き出したが、それも赤ちゃんを産んでいるのだからと、周囲に流されてしまった。
「エド、エド……助けて」
「エドは外で待っているから、もうすぐ赤ちゃんに会えるわよ、頑張ってジェイン」ターラント子爵夫人が、ジェインの母に代わって付き添って、励ますのだった。
「ああああー!!!」
体の中心が引き裂かれるかのように、熱く痛んだ。
最後の痛みの波とともに、身体からそれは抜け出ていた。
「ンギャー」産室に響く泣き声に一同は、安堵した。
「女の子ですよ、元気な女の子です」産科医の声に、遠くなっていたジェインの意識がはっきりとした。
「ジェイン、よく頑張ったわ!とっても可愛い女の子よ」
☆
ジェインは出産という大きな仕事を終え、様々な処置の後安心して眠りについた。
「ああ、神様、感謝します」ジェインは薄っすらと生えているハニーブロンドの我が子の髪を撫でながら、呟いた。
これはお父様と同じ髪の色だ……
「ジェイン、入るよ」そう言ってエドワードが、産科医とともに部屋に入ってきた。
「エド、この髪を見て、お父様によく似ているのよ」嬉しそうに話すジェインは、痛ましい顔をしたエドワードと産科医の様子に、キョトンとした。
「どうしたの?なにかこの子にあったの?」
ジェインの手を握り、エドワードが寄り添うように穏やかな声で言った。
「ジェイン、この子には魔力がない……」
「エド……何を言っているの????」
「ジェイン、大丈夫だ。私たちがこの子に出来る限りのことをしてやろう。大丈夫だよ」
そう語りかけるエドワードの声は、ジェインには届かなかった。
表情をなくしたジェインは我が子を胸に抱いたまま、叫び続けたのだった。
その部屋には、ジェインの叫び声と赤ん坊の泣き声だけが響いていた。




