ジェイン・オーレリー・ターラント 4
「親愛なるジェイン
この手帳を読んでいるということは、私は死んでいるのだろう。生前に伝える勇気が無かったことを、詫びる。
ここに書くことは大切で必要な話だが、その前に言わせて欲しい。私の人生は君のお陰で、幸せだった。昔考えていた以上に豊かで、幸福なものになった。君が産まれて、ハイハイをしながら笑顔で私に手を伸ばしたその瞬間から死ぬその瞬間まで、いや今も私は君を娘として愛している。それを忘れないでくれ」
父の文字をなぞりながら、ふうっと一息はいた。父の気持ちが嬉しかったが、このような前置きをされることに不安を感じていた。
「これだけの前置きをしてもなかなか本題に入れない私に、君は落ち着かないだろうな……」
ええ、ええお父様、よく分かっていらっしゃる。ページをめくるのが怖いわ……
「どこから話すのが一番良いのかを考えたのだが、やはりオーレリーとの出会いから話すのが良いかと思う。彼女とあったのは、王宮の舞踏会の会場の外だった」
まあ、ちょっとロマンティック……父母のロマンスを読むことになるのかしら?
「私は仕事ではなく、私用で舞踏会に出ていたのだが人の多さに酔って、外で涼んでいた時だった。暗い木陰の方からよろよろと出てきた彼女は、明らかに乱暴された様子で衣装も髪も激しく乱れていた。まだデビューしたての下位貴族の令嬢だったオーレリーは、初心なのを良いことにどこやらに連れ込まれたらしい。私は大事にしないように自分の侍女に頼んで、彼女の家人に連絡を取ってその場は終わらせた」
なんということ……お母様、さぞかし怖かったことでしょう。
「彼女に再会したのは、川べりの公園のベンチだったよ。仕事で通りかかった公園に、座っている女性がいて、仕事終わりの帰り道にもまだ座っていたので、声をかけたんだ。つまりはオーレリーは、身ごもってしまい家人から修道院に送られるのを待つ日々だっようだ」
手帳を持つ手に力が入り、皺になりました。
「私はそのまま彼女を娶ることにした。同情もあったけれど、主に私側の個人的事情と言うやつが理由だったけれど…… オーレリーの事情だけを語るのも卑怯だと思うので、言ってしまうと私は女性を愛せない。剣の鍛錬上の怪我が原因で、子どもをなすことは出来ない身体だった」
「その怪我は内々の話となっていたので、知らないものも多かったので、そう言った人たちから結婚を期待されていたのだよ。あの日舞踏会に出ていたのも、結婚相手を見つけることを求められていたという理由からだ」
「結局のところ、お互いの利益が一致した上での結婚だったから、ジェインにしてみれば私達夫婦の距離に悩んだだろうと思う。新婚当時、新婚と言って良いのだろうなあの時期も…… ジェインが生まれる前はもっと冷たい関係だったと思う。それが少なくとも話し合える関係になったのは、ジェインの存在があったからだ」
「オーレリーは、相手のことは最後まで言わなかった。彼女の中では、ジェインの父親は私だったのだろう。それは間違いではない。だが、オーレリーが言わなかった相手が、もし……彼であったなら、伝えなくてはならないことがある」
…………いいえ、いいえ私の父は、ダリウス・ソロモン・ファリアーただ一人なのよ……
「ここから書くことは、これから君の産むであろう子どもの……」
お父様、私はあなたの娘です。それ以外の私は、存在しないのよ。ああ、もう聞きたくない!!!
私は手帳のページを破って、手の中で細かく切り裂いた。そして暖炉で火をつけて、跡形もなく燃やしたのだった。
どれくらいの時間をそうしていたのだろう……。気がつくと部屋は暗くなっていて、エドワードが私を迎えに来ていた。
「ジェイン、ジェイン?明かりもつけないでどうしたんだい?」
「君の帰りが遅いから、迎えに来たんだよ。こんなに冷えてしまって……大丈夫かい?」エドワードが私をストールでくるみながら、話しかけてくるのですが、声は私の耳を遠い抜けていくようです。
「暖炉を使ったの?燃えた匂いがするけれど……」
「……ああ、いえ、冷えた訳では無いの、ちょっと反故にした紙を燃やしただけよ。大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」
父が残した私の出生の秘密。誰にも知られないように、しなくては……
父との思い出の残る少女時代を過ごした実家を、処分することにした。
心配するエドワードをなだめ、父の書斎に彼を近づけないようにしたかった。彼がなにかに気がついてしまったらと思うと、胸がざわついて苦しかった。
この家に来て、父の手帳を見る前とは違った重い気持ちを抱えて、私はエドワードと共に帰路についた。
ジェインの父がマイラ/マルセルの話を、なぜ伝えなかったのか?という答え合わせの番外編です。




