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不遇の姉は、未来を拓く  作者: きむらきむこ
番外編

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 ジェイン・オーレリー・ターラント 3

 エドワードは、騎士団で同期の騎士たちよりちょっとだけ、出世した。それに伴ってターラント家が余分に持っている子爵位を、エドワードが継ぐこととなりました。


「ターラント子爵夫人、お手をどうぞ?」エドワードがふざけて私にエスコートの手を伸ばし、私も彼に「ターラント子爵様、エスコートを許します」とすまして答えるやいなや、二人で笑い出す、というようなおふざけが、彼となら楽しかった。


 屋内での事務仕事が増えて、私は彼の安全度が上がったことに安堵した。なぜなら、おそらく数カ月後には私たちに家族が増えるはずだから……


 お義母様やお義父様からも、身体をいたわるようにとお声がけしてもらったのが、嬉しかった。


 実家では、父こそ私を大事にしてくれていたけれど、母からそのような労りを受けたことがなかったから。


 母は常に父が一番だった。母に関する限り、私の番が回ってくることはなかった。


 父は母を大事にしなかったというわけではないけれど、きっと母にとっての満足には遠かったのだろう。


 私が育ったような家庭ではなく、お腹の子とエドワードと三人で楽しい時間を持ちたい。エドワードは私と子どもを大事にしてくれるだろう、だって彼は父に似ているもの。


 近い将来の幸せを思い描きながら、私は吐き気と戦っていた。それでも朝起きて、この吐き気を感じるとお腹の子が無事に育っていることに、喜びを感じるのだ。


 父が事故にあったのは、やっとつわりも治まって安定期に入った頃だった。


「お父様、目を開けて……」私は寝台に横たわった父にすがり、声をかけた。


 薄っすらと目を開けた父は、私の声にかすかに反応した。「ジェインか……」


「ああ……良かった……」


「ジェイン…引き出しのあ……青い手帳に……」父は苦しそうに、でも必死に話そうとしていた。


「大丈夫よ。お父様、事故に遭ってちょっと調子が悪いだけなの、すぐに治るわ」私は宥めるように声をかけたが、父はそのまま話続けた。


「……ジェ……ン」


「お父様、お父様?誰か、誰か来て。イヤ、お父様目を開けて!もうすぐ赤ちゃんも産まれるのよ!お父様がだっこして下さらないと…」


 だんだんと大きくなる声を、押さえきれない。私を後ろから抱き抱えるエドワードに、病室の入り口に移動させられた。


 目の前では、治癒魔法の使い手たちが父に向かって何かをしていたけれど、理解することは出来なかった。



 ☆


 雨の降りしきる昼下がり、父は埋葬された。


 父が亡くなったあの日以来、私は人形のように暮らしている。食べ物は味がなく、お腹の子どものために、という理由から食べてはいるけれど、食欲はない。


 自分の目の前に厚い透明な幕があるかのように、すべてが遠くにあった。


 何をしていても、自分のことのような気がしない。時間が来たから起きて、ルーティンをこなすべく動きはするけれど、そこに感情の波は起こらない。


 まるで時間通りに動くからくり人形のようだ、と他人事のように考える。


 それでもエドワードとお腹の子のために、と少しずつ自分を取り戻していった。


 父の最後の言葉、「青い手帳」を思い出す。生前の父がよく手にしていた手帳のことだろう。


 空き家になった実家にも風を通しておいたほうが良いだろう、と私は一人で実家に行った。


 エドワードからは、休みの日にしてくれるなら私も手伝いに行くよと言ってもらったけれども、なんというか父との最後の会話のような気がするので、一人にしてもらった。


 父がなくなってからまだ二ヶ月ほど……

 書斎のドアを開けると、そこにはまだ父の姿があるような気がしました。……と言うにはもう埃っぽすぎるかな。


 ちょっとした片付けをして、自分が座る場所を整え、机の引き出しから、大判の青い手帳を出して開くとそこには………………



 ☆


「ジェイン、ジェイン?明かりもつけないでどうしたんだい?」エドワードの声が遠くから聞こえます。


「君の帰りが遅いから、迎えに来たんだよ。こんなに冷えてしまって……大丈夫かい?」エドワードが私をストールでくるみながら、話しかけてくるのですが、声は私の耳を遠い抜けていくようです。


「暖炉を使ったの?燃えた匂いがするけれど……」


「……ああ、いえ、冷えた訳では無いの、ちょっと反故にした紙を燃やしただけよ。大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」


 後ろめたい気持ちが、不意に私を正気づかせたようです。「今日はここまでにしておくわ、ちょっとずつ片付けるからしばらく日中は通うことにするわ」


「一人でだなんて無理だよ。今は無理をしないほうが良いだろう?お腹に赤ちゃんがいるんだから」エドワードが優しく私に言います。


「父の死を受け入れる儀式のようなものかしら?無理はしないから、一人で向き合いたいの」


 私の言葉に彼も折れたようで、私はしばらく実家の片付けに通うことになりました。



  

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