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イングリッド様の侍女頭サンダース夫人の施術を終えた私は、数日経ってから再度イングリッド様の部屋に呼び出されました。
「ターラント子爵令嬢、今回貴方をお呼びしたのは先日のマッサージの件です」
キツめの美人が真顔で語るって、ほんとに怖い。
ご本人にそんな気がなくても、叱られてる気分がするわ〜と考えながらも殊勝な顔を作って、夫人のお言葉を私は聞いていました。
「メアリーにも聞いたのですが、マッサージの修得には時間がかかると言うのは、本当ですか?」
「は、はい。メアリーにはハンドマッサージを二ヶ月ほど練習してもらいましたが、それでやっとイングリッド様に施術出来るところまで出来るようになったと思われます」
私が思うに、メアリーは割と器用だけれど、指先の動かし方はまだマスター出来ていない。
「わたくしとメアリーのマッサージを比べていただければ、サンダース夫人にもご理解いただけるかと存じます」
前世での努力を思い起こしながら、私はプライドを持って夫人に答えた。
私の返答に小さく頷いたサンダース夫人は、私にイングリッド様への紹介をいたしますので、その前にマナーの確認をいたします、と他人を従えるのに慣れた口調でおっしゃった。
またマナー講習だよ……と、私はゲンナリしたがさすがに未来のダウニング侯爵もしくはマイロン・ニコラ第二王子の王子妃が相手なのだ。
それも仕方なしということだろう、私は深く淑女の礼を取ることで夫人への答えとしたのでした。
とうとうイングリッド様への施術の日となった。
自分の技術に自信はあるが、この日に私の人生がかかっているかと思うと、込み上げる吐き気が止まらない。
現世では高価でなかなかお目にかかれ無い「飴」を、思い切って買い置いていたのを、朝から舐め続けている。
今私はイングリッド様の寮お部屋に居る。というか、部屋の隅に控えているサンダース夫人の更に後ろで、イングリッド様が部屋に戻られるのを待っているところだった。
私は当然欠席しているわけだが、イングリッド様は領主科の授業をお受けになっている。
お戻りになられたとしても、入浴だったり軽食を取られるといったイングリッド様のご希望が優先されるので、すぐさま私の出番というわけではない。
もしかしたら今日は何もせずに、自室に戻ることになるかもしれない。ご主人様のお気持ちの向くのをひたすら待つのが、とりあえず一番の仕事となっている。
この立ち位置についてしまった私には、飴という気分転換すら許されなかった。
メアリーがイングリッド様のお帰りを、先立って知らせに帰ってきた。サンダース夫人と私、メアリーの三人でイングリッド様を出迎える。
イングリッド様はお疲れの様子だったが、普段イングリッド様の視界に入らないであろう「私」を見て、マッサージの話を思い出されたようで、サンダース夫人に目を向けられた。
どうやら私のお仕事は、このままの流れで行うことになりそうだった。これ以上は気持ちが持たないので、助かるんだけど、往生際悪く先送りしたい気持ちもあり……
「足に触るのを許します」イングリッド様が一人掛けのソファに腰掛けて、言われた。
「ありがとう存じます」と、私は足湯を用意してマッサージに取りかかった。
私がするマッサージは、基本的には「足裏を揉みほぐす」と「全身のリンパの流れを良くする」の二種類で、それに筋肉の緊張を解していくイメージだ。
病弱な家族の足が疲れたとか、肩が凝るといった不調をなんとか楽にしてあげたい、という少し勉強した程度の素人だった。
家人の手や足をマッサージしたり、リンパの流れを良くして、少しの不快を楽にできるかな?という程度の腕前だった。
それでも凝り性だった私は、親指を使って圧をかける指使いの練習をやり込んだ。その世界でそれを出来るのは、今のところ私一人。メアリーは、修得までもう少しといったところだ。