ジェイン・オーレリー・ターラント
読んで下さってありがとうございます。
ものすごく暗い救いのない話となりますので、ご注意下さいませ。
ジェイン・オーレリー・ファリアーは、実母の死後、騎士団長補佐をしている父のダリウス・ソロモン・ファリアーと二人で暮らしていた。
ジェインの母はジェインが産まれてから寝付くことが多くなったらしく、ジェインは母の溌剌とした様子を見たことはなかった。
父は現ジャクスン侯爵の弟で、現国王の叔父に当たるという境遇ではあったが、自身は騎士爵しか持たないために、親族とは全くの身分違い、と言う状況にあった。
父は身分はともかく、個人の財産を持っていたせいか、鷹揚に部下に食事を振る舞ったり、下町に飲みに出たりと、仕事を離れても家に居着くことはあまりなかった。
病弱な母は、それでも夫であるジェインの父には執着していて、母の口をついて出来てるのは常に父の予定の確認だった。
子どもであるジェインにも、その日によって好き勝手に変更される父の予定など知る由もなく、母の質問にはいつも答えようがなかった。
「お父様は何処にいらっしゃるの?」その日も母はジェインに問いかけた。
おそらく今日も何処かに部下を連れて飲みにでも出たのであろう父の帰りなど、全く持って分からないジェインは、正直に分からないと答えたところで納得しない母に、「サンメダに遠征に行かれるので、帰りはどうなるか分からない、と聞いております」と白々しく答えた。
「まあ、そうなの、旦那さまは御立派な方ですから、周りから大層慕われていらっしゃいますものね。お帰りが遅いのも当然よね」
自分に言い聞かせるかのように、ジェインの母は呟いた。結局のところ、彼女はジェインの返事を必要とはしなかった。母親の大きな独り言に、ジェインは空虚な合いの手を入れているのだった。
そうして二人でいながらにして、一つも感情の交わらない夜は静かに過ぎていくのが常だった。
珍しく父親のいる夜は、決まって彼の目を一生懸命自分に惹きつけようとする母親の努力と、父の無関心さとの温度差に、ジェインは風邪を引きそうなくらいだった。
母への無関心とは裏腹に、父はジェインに構いつけた。勉強の進み具合を確認し、友人との交流に関心を持ってくれた。
その為に殊更、母親のジェインへの当たりが強くなったわけだけれど。
ジェインが学園に入ろうかという頃、母親が亡くなった。最後までは彼女はジェインを見ず、夫の姿を探していた。
「……だんなさま……だんなさま……」
母親の最後の言葉にも、ジェインの出る幕はなかった。
そうしてジェインは、父と二人暮らしとなった。
平日は学園の寮に、週末には家の仕事をする為に帰宅する生活となったが、母のいる頃から家の切り盛りはジェインの仕事で、皮肉にも手のかかる母がいなくなった分ジェインには時間の余裕が出来たのだった。
家に病人がいなくなったせいか、父親は時折職場の部下を家につれて帰ることが増えた。
ジェインは突然父親の連れてくる男性たちに、食事を振る舞い、およそ女主人がするであろうもてなし、というのを拙いなりに頑張った。
ジェインが家にいて父親の帰りを待っていたある日、自宅近くの騎士団の詰め所が何やら騒がしかった。結局その日、父親は帰らなかった。翌朝帰宅した父親は、ジェインへの声掛けもそこそこに、着替えをして軽食を取るとすぐに職場に戻って行った。
「しばらくは帰りが遅くなるので、寮の方で過ごすように。それと最近は何かと物騒だから、決して一人にはなるな」と出掛けの父親の一言に、ジェインは素直にそれを守った。
☆
「ねえ、なにか聞いていらして?先ほど、どなたか男性が刺される事件があったのですって」学園で仲良くしている男爵家の令嬢が、ジェインに話しかけてきた。
「父は家で仕事の話をしませんので……」ジェインは煩わしさを隠して、答えた。
騎士団が活動している時に、ジェインから騎士団の動きに探りを入れてくる人というのが、結構な割合でいるのだった。
子ども相手に、自分の仕事を事細かに説明する父親など存在するんだろうか?ジェインは自分の父親しか知らないのでなんとも言えないが、そういう事はあまりないだろうな、と思った。
後になって、情報通の女子生徒が触れて回る噂からジェインの知るところとなったは、先日行われたパーティー会場で刃傷沙汰となり、ある貴族男性が亡くなった、ということだった。
なんとも恐ろしことが起こることだわ、と噂好きの女生徒は震え上がってジェインに言った。
「でももう騎士団の方々が捕縛してくださったのでしょう?そんな恐ろしい方が捕まって、安心ですわね」
男爵令嬢はひとしきり話し込んで満足したのか、最近の噂話を知らないであろう他の生徒を見つけて、そちらへと流れていった。
ジェインは授業の準備に取り掛かりながら、もうそろそろ父も落ち着いただろうか?と考えた。
その週末、帰宅したジェインに父親から部下を連れて帰るという先触れがあった。
前もって知らせてくれるなんて、珍しいこともあるものだわと思いながら、ジェインは食事の手配に取り掛かったのだった。




