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リプリー様がミッチェル様とのご結婚に至る話に、お二人の結婚自体に結構な裏があることを知っている私ですら、驚くばかりでした。
リプリー様、エアルドレッド侯爵を言いくるめる手腕をお持ちだなんてすごすぎる。やっぱり侯爵家の教育ってすごいんだなあと、感心致しました。
実母のターラント子爵夫人……血統だけをいうならあの方も王家の血を引いていて、エアルドレッド家とダウニング家というやり手の侯爵家とも親戚関係でありながら、社交界で煙たがられている子爵夫人に甘んじているのって、やはり教育が足りないのでしょうか。
本来なら「マイラ」である私を使えばもっと、権力の中枢に入り込めたでしょうに……
お祖父様は何を考えて、あの母を育てたのでしょう?
この事はおそらく、王家でも侯爵家でも皆が考えたでしょうが祖父が亡くなっている以上、今となっては誰にも分かりません。
侍女が私とダグラスに声をかけてきました。さぁそろそろパーティーの始まりです。
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庭も一部解放されてガーデンパーティーめいた日除けも用意されたダウニング侯爵家の初夏のパーティーは、以前から開放的な雰囲気で有名です。
本日もそれぞれに入場して、侯爵夫妻に挨拶の後は自由に歓談なり、軽食を取るなりと過ごしています。
私とダグラスは、侯爵夫妻とミッチェル様夫妻の後ろあたりに位置取りして、招待客と挨拶を交わしておりました。
今日はマイラではなくて、ダウニング侯爵家のダヴァナー伯爵夫人としての参加ですからね。こういう場ではマイラの肩書きだけを重視してダグラスを軽くあしらう方が見受けられるのですが、しっかり覚えて後でこっそり痛い目にあってもらうことにしてます。
ダグラスは次期侯爵家(ミッチェル様)のナンバー2を軽視するような貴族は、時流の波に乗れなくて苦労するだろから、相手にしなくても良いと言ってくれるのですが、私の夫の扱いが悪いなんて私が許せません。
彼らは私の三軍リストに載せておくことが決定しております。つまりは何をするに当たっても、常に一番最後に呼ぶ人たちです。
ダグラスは仕返しと言ってもそんな程度と言って笑うのですが、これって地味だけど序列を気にする人には、結構効くんですよ。中程度の規模のパーティーやお茶会に、ぎりぎり招待されない人、と言う扱いは。
そこかしこで談笑する方たちやダンスに興じる方々とは別に、ダネル医師と共に療養所の見学やらマッサージの効用などを話していた私は、人が途切れたのをいいことにダグラスと二人で庭のテラスにあるテーブルに避難してきました。
冷たい飲み物を運んでもらいフィンガーフードを摘んでいる所に、彼女は声をかけてきたのでした。
「あらまあ、これはこれは今代のマイラ様ではなくて?」
ハニーブラウンの髪を美しく結い上げ、心持ち顎を上げて私たちを見下ろしている女性、ジェイン・オーレリー・ターラント子爵夫人です。
「どなたかしら?」座ったまま私が彼女に問います。
「なんとも親族の年長者に向かって、礼儀正しいことで」扇を口にしつつ、彼女は皮肉を放ちます。
「そうね、序列を言うならわたくしはこの場にいる誰が相手でも座ったままで許される立場ですわ。まして会ったこともない知らない方に親族扱いされるとは思いもしませんでしたわ」
「……このわたくしに、なんと生意気な」
私の直接的な侮蔑の言葉に、顔をどす赤くしたターラント夫人は持っていた扇を私に向かって振りかぶったのです。
夫人の手の扇を、右手で受けたダグラスは私をかばいつつも「イケませんね。マイラ様と分かっていてこのようなことをなさるとは」と、ターラント夫人をたしなめて護衛の為に控えていた騎士を呼び寄せた。
「ご酒を過ごされたようだから、控室にお連れするように」と騎士に指示を与えると、そろそろパーティーに戻ろうか、と私に言った。
実母との邂逅は、以上。これ以降私は公の場でというか私の人生で、ターラント夫人を見たことがない。
初夏の社交パーティーは、特に問題もなく成功に終わった。ダネル医師は、療養所に興味を持って出資を申し出る貴族たちとの面会をたくさん取り付けたようだった。
ダグラスとスイフト男爵、ダイアー子爵は、薬草茶の出荷について問い合わせを受け、農地向けの肥料の販売はしないのか、と聞かれて会心の笑みを浮かべていた。
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パーティー以降のターラント子爵夫人の動静について、私が知っているのは、以下のことだ。
ターラント子爵家は、私の夫のダグラスからも、パーティーの主催であるダウニング侯爵家からも、夫人の暴力沙汰に厳重な抗議をした。
侯爵様に対しても馴れ馴れしく親せき打って話しかけるような夫人のことだから、自分の子どものような年齢の私から見下されて思わず手が出たんだろうなあ、私は思うのだけど、確かに暴力には違いない。
侯爵たちも、元から態度の悪い夫人をここぞとばかりに、糾弾したのだろう。
準王族への暴力と言う言葉に恐れおののいた子爵家が、元から周囲の評判の悪かった夫人を領地に押し込めたらしい。
ターラント子爵家では嫡男の教育も見直しが行われたようで、学園での彼の行状を悪しざまに言うものは、今のところ居ない。
夫人が表に出なくなって、密かに喜んでいるのは子爵だけではないだろう。




