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メアリーにマッサージ技術を叩き込むこと二ヶ月。これくらいならなんとかイングリッド様に施術しても……と思うくらいには上達しました。
私には分からないけれども、メアリーも上司に技術を試すなり話し合うなりしたらしい。
明後日イングリッド様付きの侍女頭のケイトリン様から、私へのお呼びが掛かったのです。
「アメリア、いよいよ明後日だね。私も緊張しちゃうわ。お作法の方はもう一度おさらいしておく?」
メアリーが私に、立場が上の人に対応する際のマナーを確認してきた。
既に何度も練習していたし、授業でもマナー講座は受けていたのだけれど、メアリーに恥をかかせる訳にもいかないので私も再度練習の成果を披露しました。
先日メアリーがケイトリン様にマッサージを披露するまでの、数カ月に渡る私のメアリーへの猛特訓と同じようなものだ。
私も、メアリーも同じように将来がかかっているのです。
翌日イングリッド様の寮の個室に訪れた私は、侍女たちのたまり場であろう小さな部屋に通された。
一人用のソファに腰掛けている三十過ぎと思しきキツめの美人が、ケイトリン様だろう。
私はメアリーに先導されて、ケイトリン様の前に立った。
「ケイトリン様、こちらがわたくしの友人のアメリア・ターラントでございます」
メアリーが私をケイトリン様に紹介して、頭を下げた。そして、私に向かって、こちらの方がケイトリン・サンダース伯爵夫人です、と目で私に向かって頭を下げろと圧をかけてきた。
メアリーの圧力など無くても、このケイトリン様からは「イングリッド様に仇なす者など許しません」というセリフが聞こえてきそうなほどだった。
私はまだそれほど板についていない淑女の礼を取って、名乗りました。
「楽にしなさい。それで貴方がメアリーにあのマッサージのやり方を教えた人なのね」
「さようでございます。メアリーからはお気に召してくださったと聞いていますが、サンダース夫人にマッサージをさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「ええ、任せます」
先にハンドマッサージを行った。庭師と話し合いの末に、実家に生えていた椿モドキから搾った油で丁寧にオイルマッサージ。
実家の使用人も、みんながみんな私を見下してたわけではない。敵の敵は味方、って言葉もある。待遇の良くない他国からの流れ者だった庭師一家は、食べられる草花や薬草などを教えてくれた。
今、学園に入学するにあたって余分なお金を持たされていない私が、それなりに体裁良く暮らしているのは、その時に教えられた薬草を育てて売ることが出来ているからだ(実を言うと寮監に頼んで、裏庭に花壇を作って薬草を育てている)
学費と寮費だけは実家から払われているが、着るものを買うにも、生活雑貨などをかうにもお金は必要なのだ。
今回のマッサージは、庭師一家から学んだという設定にしている。だって、なんでこんな事を私が知っているのか、って聞かれても説明に困るのです。
前世の記憶ですって、言っても良いんだけど、私以外の魔力無しに巡り巡って風評被害とかあったら申し訳が立たないので。
そんな事を考えながらもサンダース夫人のハンドマッサージを終えた。やはり侍女頭だけあって、肩から腰、足にかけての張りが気になるところなんだけど……
「……あの、サンダース夫人、もしよろしければおみ足のマッサージもさせていただけないでしょうか」夫人の手に付いたオイルを濡れタオルで拭き取りながら、頼んでみました。
少し考えた様子の夫人は、宜しいでしょうと頷いた。
メアリーに足を洗う桶と熱いタオルを持ってきてもらい、夫人の足を丁寧に洗い、揉みほぐした。
終わった時には夫人は静かにお休みになられていたので、そのまま私とメアリーは、夫人の目覚めを待ったのでした。