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「なにか特別なことをなさっているの?」私はスイフト男爵に尋ねた。
「これは、持たざるものの生活の知恵、というやつなんですが……」と前置きしたスイフト男爵は、少々卑屈に見える笑みを浮かべて話しだした。
「まず第一に私の領地が非常に狭くて小さい、ということをお知りおき下さい。領民が全員で300人足らず、ほぼ全員が農業に携わっている、言ってみれば一つの村です」
「私の父である前男爵も、然程魔力が多くなかったので、時折侯爵様からの援助金を頂いておりました。そしてそれは私の代になっても……なんですが」
「スイフト男爵領では昔から頂いた援助金で、クズ魔石を購入しておりまして……それを村人に配ってます」
スイフト男爵が、時折言いにくそうに途切れがちに語るには……
言ってみれば、村人に配布したクズ魔石、小さすぎて魔道具にも使用できないサイズの魔石のことなんだけど、それに領民の魔力を充填してもらって、その代わりに食事を提供しているのだとか。
村自体が小さい規模なので、各家で煮炊きをするよりも村の食堂で提供するほうが、煮炊きにかかる費用が抑えられること。そして私はここが結構良心的でいいと思うんだけど、飢える人がいないようにすること、この二点に注意しているとのことだった。
クズ魔石一個で一食、他にもちょっとした怪我の治療にもポーション代は魔石二個とか、生活に必要なものにも細かい設定がなされているらしい。
ほぼ全員が農業従事者なので、怪我は生死に直結するらしく、以前からポーションを領で購入していたのだそうだ。
クィンシーが薬草畑から、一割程度をポーションにしてくれるお陰で領民ももしもの時の支えが出来て喜んでくれているらしい。
「これもアメリア様からのご指示とお聞きしまして、心からお礼申し上げます」男爵はわざわざ立ち上がってから、私に向かって深く礼をした。
貧しい領だと聞いていたから、病気したり怪我したりしたら立ち行かなくなるだろうと思って、クィンシーに薬草畑のあがりからいくらか融通してくれるように頼んでおいたのよね。
で、面子というのも大事だから、自分たちの作るものの効果を知るように、って理由をつけたのよ。
それが大義名分だってことは、スイフト男爵も分かってたみたいで、すごく喜んで下さったって、あとからクィンシーに聞いてたのよね。
ほら、私も実家や学園暮らしの頃には、寝込むのが一番怖かったから他人事じゃないのよね。貧乏だからって憐れまれるのを良し、とするのも違うもんね。
そろそろポーションから、ダネル医師推奨の薬草入りハーブティーの方に切り替えてもらってもいいかなって、思ってたところだったので、その話も後で詰めておきましょう。
話が逸れちゃったけど、そのクズ魔石を使って領内の橋やら、家やらの修理に必要な魔力を補ってたんだって。
考えてみれば、学園でも魔力のある人たちも魔石で動く魔道具を使ってたもんね。平民の魔力でも集まったら、それなりに使えるってことなのかぁ⋯⋯
窮すれば通ずって、こういうことなのね。
「実りのあるお話を聞かせて頂いてありがとう存じます」
私が言うと、向かい側にいたクィンシーを含む三人はトンデモナイと言わんばかりに、首を振った。
その息のあった仕草に、私はちょっと笑ってしまった。
「グエンも幸せそうで、なによりよ」そういう私にグエンは、以前の尖った面影はどこにやったのか、はにかみながらはいと言って頷いた。
スイフト男爵と寄り添って微笑む彼女は、どこからどう見ても幸せそうな新婚夫婦である。
「クィンシーもそろそろいい人を見つけないとね」と私が言うのに、彼はまだ弟の進路が決まらないことには、と一蹴したのでした。
いや弟って、まだ学園入ったとこじゃなかった?騎士科に入りましたって、ああそう、身体強化も使えるんですって、兄馬鹿だったのねクィンシー⋯⋯
「ところで、申し訳ないけれど、そろそろ薬草の収穫の一割というのを下げなくてはならないわ」
「いつまでも続くとは思っておりませんでしたので⋯」
「話が早くて助かるわ。だた代わりと言っては何だけど」そう前置きして私は、用意していたハーブティーを三人に出した。
「ダネル医師のブレンドされたハーブティーよ。薬草も一部ブレンドされているの。かなり飲みやすいはずよ」と言って私はティーカップを傾けた。
それに習ってか、三人もハーブティーに手を伸ばす。
一口飲んだ三人は、思っていた以上に飲みやすかったことに驚いたようだった。
「ダネル先生のご自慢のブレンドなのよ。これを毎日飲んでいると、ちょっとした不調はすぐに治るわよ」
ダネル医師が、何年もかけて研究に研究を重ねたハーブティーなのです。私が実家住まいのおりに煮出して飲んでいた薬草茶とは、全く違うものになっています。
「これのレシピをスイフト領に渡すわ。門外秘出というやつよ。領民総出で作ってちょうだい。商品はダウニング領から王国内に売り出す予定だから、心して作ってね」
私の言葉にスイフト男爵は、声を失ったかのように頷いたのでした。




