クィンシー
「やあ、久しぶりだね」クィンシーは妹のグエンに向かって、にこやかに言った。
グエンと会うのは、クィンシーが学園に入る直前、実家を出る前が最後だった。
あまり裕福でないわりに、四人兄弟だったクィンシーの実家は、魔力の少ないクィンシーにも別段辛く当たるということもなかったが、なにせ先立つものがないために卒業後に縁切りとなるのは既に決定事項だった。
クィンシーの上には兄がいて、彼が家を継ぐことになるのは確定だったが、騎士団に入っている兄に装備や交際費がかかる上に、クィンシーの下にも二つ下の妹のグエン、更にその下にまだ手のかかる幼い弟がいた。
下二人にもまだまだ学費のかかるこの家で、身体強化も使えない低魔力のクィンシーを養う余力が無かったのだ。
グエンとは歳も近かったのと、嫡男大事な家の方針の割りを食うことが多かった二人は、助け合って大きくなった。
学園に入るときにも、両親に嫁入りの持参金も用意してもらえるか不明なグエンのことが気がかりだった。学生生活の間は、妹や弟のことが心配ではあったが、自分を飢えさせないことで必死だった。
卒業後は同級生だったアメリアのお陰で、思いもよらない幸運に見舞われて良い就職先に恵まれたが、自分も好意で世話になっている侯爵家に、実家の弟妹を呼び寄せる事も出来ずにいたのだった。
今回妹のグエンを引き取ることが出来たのは、グエンの不始末というか、彼女の不出来さが原因ではあったが、それでもずっと気になっていた妹との再会は、クィンシーにとっては心弾む出来事だった。
クィンシーにとって兄は、兄弟であっても身近には感じられない天の上の人だった。両親の関心も期待も全て、兄に集まっている家の中で、クィンシーを中心にグエンと、弟のケンドリックの三人は、身を寄せ合って育った。
ケンドリックが高熱に苦しんだときも、クィンシーとグエンが街中のギルドでお使いのような仕事をして稼いだ小銭で、ポーションを手に入れてしのいだ。
おもちゃや装飾品などがお下がりでさえ回ってこない自分たちが、家の裏山で花冠を作ったり木を削っておもちゃの木剣を作って騎士ごっこに興じたのは、クィンシーにとっても楽しい思い出だった。
自分は学園を卒業して、実家とは縁が切れてしまったけれど、最近になってなんとか生活の目処も立ったので、大人になって騎士団に就職したらしいグエンはともかく、ケンドリックに連絡を取ってみようかと思っていたところだった。
「お兄さま……」クィンシーとよく似たグエンの茶色の目には、流れ落ちる寸前まで涙が溢れていた。
「わたくしを引き取って下さってありがとうございます」そう言って頭を下げた妹は、続けてクィンシーにこう言った。
「近衛に入って、ケンドリックを引き取りたかったの……でも……ごめんなさい、上手くやれなかったの」
そのまま泣き崩れたグエンにクィンシーは、心配しなくても僕がなんとかするから、と声をかけた。
グエンはクィンシーと一緒にいた頃と、変わっていなかった…… それが一番嬉しかったかも知れない。クィンシーは、これなら安心してスイフト男爵にも紹介できる……と一番の懸念がなくなったことに、ホッとした。
「ケニーは元気にしてるのかい?もう大きくなったことだろう」
「……ええ、もうすぐ学園に入るのを楽しみにしているみたい。身体強化も使えるようになったのよ」
「学園に入るなら僕が引き取るわけにも行かないなあ。……でもせめて援助はしてやりたいんだが、どうだろう?」
「きっと助かるわ。私も学園では肩身が狭かったもの」
「連絡も出来なくてすまない、グエン。最近になってようやくなんとか生活が出来るようになったんだ」
「ええ、良いのよ、分かってる。低魔力の男性の就職なんて、すごく大変だって……学園で聞いて…… すごく心配してたの」
再度涙を流し始めた妹に、大丈夫だ、学園時代の伝で卒業後にすぐダウニング侯爵領でお世話になることが出来たんだ、とクィンシーは説明した。
「ダヴァナー伯爵夫人が、お兄さまは優秀な薬師だっておっしゃってたわ」グズグズと鼻をすすりながらグエンが言った。
「そうだね、今は薬師で農夫で、マッサージ師なんだ」クィンシーは自分の波乱と言ってもいいくらいに変化した状況を、妹に話して聞かせた。
「それで、今一緒に農地の開発をしているスイフト男爵という方が、お前と結婚することを前向きに考えてくださっているんだ」
「お兄さまは、その方をどう思っていらっしゃるの?」
「真面目で良い方だと思っている。今のところ領地は然程豊かではないけれど、開発がうまく行けば将来は良い暮らし向きになるだろうし、グエンにはありがたいお話だと思うよ」
「それなら、わたくしはその方に嫁ぎます。お兄さまが問題ないとおっしゃるのなら、良い方なのでしょう。それにわたくしに選択権はないと思うの……妻に、と言ってくださる方がいるだけで感謝すべきでしょう」
俯きがちにそう述べた妹にクィンシーは、何もいうことが出来なかった。




