5
時折アメリアは、寮の部屋で寝る前にメアリーに足をマッサージするようになった。
アメリアにマッサージをしてもらうようになって、メアリーは施術の翌朝の「心地よい眠りと目覚め」に感動するのだった。
「ここ最近イングリッド様が少しお疲れのようなのよ」メアリーはアメリアに足をあずけながら、独り言のように呟いた。
「そうなの、それでメアリーも疲れてるの?」相変わらずメアリーは全身が強張って、常に緊張状態を強いられているようだった。
メアリーのふくらはぎから足先に向かい、ゆっくりと揉みほぐしながらアメリアは、聞いてみた。
「アメリアに足を揉んでもらってから、ぐっすり眠れるようになったのよ。これのやり方を私にも教えてもらえないかしら?」
普段メアリーは、こうして私が足をほぐし始めるとすぐにウトウトと眠りに落ちるのだが、今日は少しばかりメアリーは緊張しているようだった。
アメリアの手には、メアリーの緊張で強張った足の様子がよく伝わってきた。
どうやらメアリーは、私のするマッサージが「侍女の強み」になる為秘匿するかもしれない、と考えているようだった。
確かにメアリーの反応を見る限り、これは私の強みになるかもしれない。これを足掛かりに強めのコネを作ることが出来るかも……
私のように、親も家も当てに出来ない無魔力者には、メアリーの寄親であるダウニング家との繋がりはたとえ細くても有り難いものだと思う。
メアリーの依頼を聞いた私は、そう判断した。
「メアリーに教えるのは、構わない。でも一つお願いがあるの」
「私に力があるわけじゃないから、聞けるかどうかは分からないんだけど……」緊張したメアリーは、私に正直に返答した。
「ええ、それは分かってる。だから私も無理にとは言わない。でもメアリーだっていきなりイングリッド様にマッサージを試すことなんて出来ないでしょう?侍女長か少なくともそれに準じた人に、まず申し出て試す必要があるでしょう?」
メアリーは細かく頷いて、勿論そうなるわねと答えた。
「メアリーがそれを試して、もし気に入っていただけたら、私の方が上手だって言うことをその方に伝えて欲しいのよ」
「それなら出来るけど、それだけで良いの?」
「私はね、仕事が欲しいの。卒業する時にきちんと契約を結んで、働いた分お金をいただけるような仕事が欲しいのよ」
「……家同士の繋がりがないから雇って下さい、と私からお願いすることは無理かもしれないわ」少しばかり顔色を悪くしたメアリーは、言いにくそうにそれでも正直に言った。
「だからメアリーには上の人を紹介して欲しいのよ。私だってそこまで無理を言えないのは分かってる。仕事の交渉は、私が直接するわ」
たとえ就職のお願いが上手くいかなくても、マッサージの効果次第では文官や侍女相手の疲労回復施術でやっていける可能性もあるよね、と私の頭の中では微かな希望が生まれていた。
「メアリー、いきなり足のマッサージは無理かもしれないからハンドマッサージの方を教えるわ。しっかりと練習してよ」
私の就職が、メアリーの技術習得にかかっているのです。キッチリと覚えてもらおうではないか。
「手でも効果はあるの?」メアリーはおずおずと確認してきました。
足の方が立ち仕事に疲れた人には効果が高いと思うけれど、人前で素足を見せるなんてはしたない、という文化なのでまず無理でしょう。
メアリーみたいに、いきなり裸足の足を他人に預けるなんて、貴族のご令嬢に出来ると思うの?
そう言って凄む私に、メアリーは「ヒドイわ」と恥じ入りながら怒るという器用な反応を見せたのでした。