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翌朝、メアリーは爽やかに目覚めた。身体の軽さと、スッキリとした整理された頭の中身が、まるでメアリー自身を芯から丸洗いされたかのような気持ちにさせた。
こんなに気持ちよく目が覚めたのは、いつ以来だろう……
学園に入って約一年、メアリーは授業とは別に休み時間でも侍女としての立ち位置を意識しなくてはならない事に、疲れを感じていた。
特にここ数日、普段穏やかなイングリッド様がイライラされていらっしゃるご様子に先輩の侍女たちもピリピリとした様子をしていた。
授業の合間や昼食時に、先輩侍女が入り込めない学園生活でイングリッド様の侍女として付き添う際にも、本来の侍女程イングリッド様の意に添えていないメアリーは、自分の力不足に落ち込む日々だった。
「メアリー 起きたの?」王立学園のルームメイトのアメリアの優しい声がした。
「おはよう ちょうど良かった。そろそろ起こそうと思っていたのよ」アメリアはそう言って、メアリーに湯気の立ったマグカップを渡してくれた。
アメリアが好んで良く飲んでいる茶葉の香りが、ふんわりとメアリーを包んだ。
ダイソン子爵令嬢であるメアリー・スーは、実家のダイソン子爵家の寄親であるダウニング侯爵家のイングリッド・アナ様に付き添い、昨年、学園に入学した。
イングリッド様はこの学園で学ぶ二年の間に、第二王子殿下とご結婚されて公爵家を興されるか、ご実家の侯爵家の跡を継がれるかを選択されることとなる。
第二王子殿下とご結婚となるか、侯爵となって領地経営をするか、これもイングリッド様だけのお気持ちで決まることではなく、様々な要素で持って決まるので、「持てるもの」であっても選択を迫られることに変わりはないのだなぁと、メアリーは考えた。
メアリーが将来イングリッド様の侍女となることは、ダウニング家とダイソン家との間ですでに決まった事柄となっていた。
貴族の生まれであっても魔力をほとんど持たないメアリーは、自分の未来がすでに限定的であることを理解していた。
決定事項としては、イングリッド様の侍女になること。その後は状況次第でどこかの家に嫁入りになるか、そのまま侍女として生きるか……
メアリー自身に価値があると証明しない限りは、言われるがままにその身を流されて生きていくことになるだろう。
選択などという贅沢はメアリーには、許されなかった。
同室のアメリアは子爵家の、本来なら跡取り娘のはずだが、彼女は魔力を持たない。それゆえに学園の卒業後は平民になるか、継承権を持たない令嬢として侍女か女官として勤めるかの選択を迫られるだろう。
持たない者であるという理由で、アメリアの方が自由度が高いというのは皮肉なものだ、とメアリーは思う。
もちろん、その分アメリアは自身の能力を頼みに生きることになるので、メアリーほど生活の質を保証されない。
アメリアとメアリーは、お互いに相手に少しの優越感とささやかな羨望を抱き合いながら、立場の弱い貴族令嬢として助け合い、友情を育んでいた。
朝の身支度を終えたメアリーに、アメリアが声をかけた。
「メアリー、そろそろ急がないとイングリッド様のところに行くんでしょう?授業の用意はできているの?」
アメリアが食堂から運んできた朝食を温めているのを、横目で見たメアリーはイタズラっぽく答えた。
「ええ、ありがとうアメリア。用意はもうしてあるの。でもそのお食事を少し分けて頂いても良いかしら?」
アメリアは返事の代わりにメアリーに向けて用意した朝食の皿を押しやり、もう一つのトレイの皿を温めはじめた。
「いただきます、ありがとうアメリア」