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「アメリア、ちょうど良かった。クィンシーから薬草畑の報告が届いてる」
イングリッド様のお部屋から下がって自室に戻ったところ、夫のダグラスが数枚の書類を持って立っていた。
どうやら、領地の報告書を持って来て、私の部屋付きの侍女に言付けようとしてくれていたらしい。
「まあ、ダグラスあえて嬉しいわ、ねえハワードもお父様に抱っこしてほしいわよねえ」腕に抱えていたハワードをそっとダグラスに渡す。本来は貴族のご夫人は自分の赤ちゃんを抱いて移動なんてしないものだけど、私はやっている。
だってそのうち重くなって、抱っこなんてしたくても出来なくなっちゃんだもん。今の間に赤ちゃんを満喫しておかないと。
ハワードを受け取ったダグラスは、赤ん坊など世話をしたことすらないだろうに、目を細め口角を緩めて笑いかけている。
ああ、もうイケメンがイクメンで、尊い……
「アメリア、クィンシーになにか伝えておくことはあるか」ハワードをゆらゆらと腕の中で揺らしながら、ダグラスが尋ねてきた。
私は慌てて報告書を斜めに読むと、ダグラスに答えた。
「また詳しくは手紙で伝えるけれど、このままクィンシーの方針で試してって伝えておいて。直接見たわけじゃないから、もう彼に現場に任せて問題ないと思うわ」
事は、結婚するちょっと前から、私の義理の実家となるサンダース伯爵家の庭で育てていた薬草の出来がやたらと良かった、と言うことに端を発する。
平民の庭師レベルの魔力さえあれば、庭の土にちょっとばかり魔力を注いで、薬草を育てられたんだろうけど、あいにく私には魔力がない。
そして、手入れの行き届いた庭には、近くにちょっとした森があってそこには栄養のぎっしりと詰まったような腐葉土がたくさんあったのだ。
何事も魔力で解決する彼らには見向きもされずに、腐葉土はずっしりと重たげに積もっていた。
なので、ちょっとばかり土を庭に運び入れて均し、薬草を植えたのだ。
森の恵を称えた土は、それはもう良い土だったらしく、薬草はすくすく育って、通常の五割増くらいにわさわさ茂った。
水をやったり雑草を抜いたりといった手入れをしつつも、これって育ちすぎじゃね?と私も内心頭を捻っていたのだけれど、デカいだけで薬草の形には変わりなかったので、そのまま収穫したのよね。
で、ポーションにしてギルドに納めたところ、低級が中級並みの効き目となっていたのだ。
お義父さまであるサンダース伯爵を筆頭に、ギルドのポーション担当者からも詰め寄られて、作り方を説明することになった。
通常、農地は領主様が魔力を注いで初めて、作物が実る土になるらしい。そのへんは学園の授業も領主科を専攻していない私には、よく分かってなかったのだけれど、この世界には土を肥やす、というような考え方が無かったみたい。
私がブレンドした土から薬草が、溢れんばかりに栄養素を吸収しちゃったのだそう。
前世では全く園芸程度ですら、やったことのない私でも、腐葉土を与えると土が肥える、位の知識はあったので、薬草を植える前にすっかすかの砂みたいな土に、黒いフカフカの土を混ぜてみたんだけど、ここではものすごい非常識な行動だったらしい。
ということで、実験的に土を肥やす、という作業から薬草だったり、農作物だったりを育てるプロジェクトというのが、生まれちゃったのである。
その薬草畑担当となったのが、私の学園同級生のクィンシー・ライアン・ディクスン。
元ディクスン子爵家の次男にして、ポーション作りにハマっちゃった現平民のクィンシーである。
彼はマッサージ師としてダウニング家に雇われに来たのだけど、正直腕のほうが今一つだったので、追加講習的に我がサンダース家に滞在していたのです。
私の暇つぶしに付き合わされた彼は、意外にもコツを飲み込み、私以上に手際良くなっちゃったのである。
人間やっぱり、向いてないことよりも好きで上手なことの方に流れちゃうのも良くあることで……
結婚やら何やらでバタついてる私に変わって、クィンシーが私の小さな薬草畑を担当するようになり……現在では結構な規模になった畑や、ポーション作成の管理を専任でやっている。
クィンシーは低魔力とはいえ、その魔力で以て質の良い薬草を育てていて、もうすっかり私の能力では管理できないほどの規模になっている農園なんだけれど、サンダース家への出入りを私が繋いだこともあってか、律儀に報告書を送ってくれている。
眠ってしまったハワードと二人の部屋で、報告書を読む。流石に本格的に私の手を離れた業務は、既に理解が追いつかない位になってきているので、ダグラスを通じて責任者をクィンシーに据えるよう働きかけるべきだろう。
イングリッド様のご出産後となれば、今以上に領地には戻るのが難しくなるだろうから。




