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イングリッド様の御用で疲れ切ったメアリーは、その日クタクタに疲れ切った状態で部屋に戻ってきました。
「どうしたのメアリー、すごく疲れてない?」部屋で授業の課題をしていた私は、立ち姿もフラフラなメアリーに声をかけました。
「今日はイングリッド様がちょっと……」と言ったきりメアリーは貴族令嬢としてありえないくらいにお行儀悪く、靴を脱いでベッドに倒れ込んだ。
「……疲れた」深い息を吐いてメアリーは、目を閉じた。
弱みを見せると即座に叩かれる立場にあるメアリーにしては本当に珍しい姿だったので、これは相当に疲れているんだろうと私は思いました。
そのまま部屋にある前世で言うところのミニキッチン、小さなコンロと流しでお湯を沸かした。これは魔力のない私でも扱えるように、寮の部屋に備え付けとなっているのです。
魔力を小さな石に込めたものを、魔力代わりに使える仕様となっていて、言わば電池式のコンロのような感じです。
貴族の魔力の多い人でも、日常的にこのような細かい作業に魔力を使うのは煩わしいと思われるようで、充魔力の石を使った生活用品というものはそれなりに開発され出回っています。
なので、魔力がないからと言って私はそれほど不便を感じてはいません。仕事上で魔力を必要とする人以外に魔力が絶対に必要か、と問われると、そうでもない、というのが実際のところなのです。
おそらくイングリッド様ほどの身分となれば、魔力などご自身が使わなくとも、身の回りのものが魔力なり、充魔力なりを使ってお世話しているだろうから。
熱いお湯にタオルを浸して固く絞り適度に冷まして、ひと声かけてからメアリーの閉じされた目の上に載せた。
「……ん〜気持ちいい……」メアリーはタオルを目に載せたまま呟いた。
「このまま足に触るわよ」私はメアリーの足を先ほどと同じように固く絞ったタオルで拭いてから、両手でメアリーの足をマッサージした。
前世の記憶というのは、時々私の中に鮮明に蘇ることがあります。かつての家族が病気になり、医療にはまったくの素人だけれども元気になって欲しくて、前世の私はマッサージや身体をほぐす運動などを学んでいたらしい。
メアリーの足指に親指をすべらせながら、私はメアリーに話しかけました。
「すごく疲れてるみたいだから、このまま寝ちゃって 明日早めに起こしてあげるから」
「……」すでにメアリーは眠りに落ちているようでした。
彼女の両足を程々に揉みほぐしてから、私はメアリーの服を緩めて眠らせる体勢を整えました。
イングリッド様はメアリーに限らず、周りの人に無理を強いるような方ではないので、何があってメアリーはこんなに疲れることになったんだろう?と思いながらタオル類を片付けた。
メアリーは侍従侍女科に所属している。イングリッド様は領主科で、私は表向き文官志望となっている。
私が女官として王宮に雇われる可能性は、王国の居る魔力無しのパーセンテージよりも低い。それでもどこかの科に属しなくてはならないので、家の意向もあっての文官科所属なのです。
見栄と面子というのも面倒くさくはありますが、生活費を出してもらってる以上は仕方ないのでしょう。
メアリーの侍従侍女科は、ある程度将来に雇われる見込みというものがあって初めて進める科です。寄親寄子制度というのも、その制度の内側で守られている限りは羨ましいものです。
メアリーが侍女になるのかどこかに嫁入りとなるのかは、今のところまだ不明だけれど。
課題の続きを終えてから、私も眠りにつきました。