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いよいよデビューの日です。朝から大忙しです。今度こそ、ちゃんとデビューに向けて用意できるだろうかと、ドキドキしていたのは秘密です。
なにげに簀巻きが、トラウマになっていたようです。前回は浴室から出たところに襲撃を受けましたので、ドレスを着てメイクに取り掛かるまで、私はやたらと緊張しておりました。
学園時代の私を知る人には、これが私だとは気が付かないのではないでしょうか。
艶のある金髪を複雑に結い上げて、でも初々しさを出すために本物の小花(水分保持の魔法がかかっている)で飾ってます。
鮮やかな緑のレース使いのドレスに、ウエストに濃い茶系の太いリボンで絞り、リボンと共布のロンググローブ、ダグラス卿の色合いを纏った私どこから見ても高位貴族の令嬢です。
本日私たちと同じように婚約を発表するミッチェル様とリプリー様が呼び出し前の控え室でご一緒なのですが、私とリプリー様は双子のように見えるはずです。
お互いに高祖母に似た容姿と同じ色合いをしているので、一卵性双生児には見えなくとも二卵性、若しくは良く似た姉妹に見えるでしょう。
サンダース家に養女に入る以前の経歴をはっきりと知らない方たちの目から見れば、私はエルドレッド侯爵家ゆかりの令嬢で、リプリー様とミッチェル様の婚約の影響で縁付いたのだろうと思われるかもしれません。
さすがにこれは、侯爵様たちの計算外の思わぬ天佑でした。
もうすぐ、デビュタントたちの入場が始まります。下位の家から始まるので、伯爵令嬢である私はもう少し先でしょう。エスコートはお養父様です。
ダグラス卿とはこの後の新伯爵としての王家への御挨拶の際に、婚約者として共に御前に上がる予定です。
ダグラス卿は黒に見えるくらいに濃いダークブラウンの生地に、ゴールドの糸で差し色が入った衣装でバッチリと決めておられます。
普段から物静かで素敵な男性ですが、こんな男っぷりのいい人と結婚するだなんて、本当に良いのでしょうか。
侯爵家の為の結婚ですから、彼がこの結婚に関して否定的な意見を持つはずもありません。政略結婚であるが故に、私を裏切ることも無く尊重してくださるはずです。
無魔力で生まれて、血の繋がりを持った人たちからも居ないものとして扱われた私には、愛や情よりも、ダグラス卿の「ダウニング侯爵家への忠誠」のほうが安心できるのです。
さあ、名前が呼ばれました。お養父様が私に手を差し伸べます。私もお養父様に手を預けます。
私を安心させるかのように、お養父様が微笑んでくださるので、私も同じように貴族の笑みを浮かべます。
二人で、扉の向こうへ歩き出します。
こうして私は眩いシャンデリアの下、気の遠くなるくらいに広い王宮の大広間を、デビュタントとして国王陛下への挨拶へ踏み出したのでした。
これが私の公の場での、貴族令嬢としての第一歩となります。
ダウニング侯爵は、目の前から歩を進め広間に出ていくサンダース伯爵とアメリアを見ていた。
ミッチェルとアメリアが結ばれることを願っていたが、残念ながら叶わなかった。それに関しては、息子への教育が足りなかったという後悔が、苦く伸し掛かる。
魔力で土地を整えるのが貴族の仕事であるのに、その土地の地盤が緩んでいたことが原因で事故に遭ったという時点で、ミッチェルの次期侯爵の目はなくなったのだが……
眠り病からの回復を経て、お飾りとはいえ次期侯爵になるに至った我が子の運の強さに驚いてもいた。
アメリア…… 平民同様に育った無魔力の娘。ターラント子爵夫人とは夜会で会ったことはあるが、不満が顔に出る不機嫌な女、という印象しか覚えていなかった。
自分の父親は、自分は、王弟殿下の、王族の血統であるのに、子爵夫人に甘んじなくてはならないのか?という気持ちが常に前面に出ていて、自分の手持ちのカードさえ知らず、それをきちんと扱うことのできない小物だった。
アメリアはそんな母親から生まれ不遇な状況から、自らの手で自分の居場所を作り出し、今、見事に大舞台に立っている。
ダウニング侯爵は、彼女に侯爵家を賭けたのだ。
彼女はこれからも、生きる為に歩を緩めないだろう。何も持たないところから、本来のマイラの名を持つ立場への道を拓いたように。
エヴァレット・マイラ様と同じくダウニング侯爵家の栄誉となるだろうアメリアのデビューを、彼は見守った。
貴族編 最終話です。
しばらくお休みしますが、まだ続く予定です。
今後とも宜しくお願いします。