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「お前は目覚めてからの自分の言動が、おかしいことに気がついているか?」ダウニング侯爵様はミッチェル様に問われました。
「……」今にも癇癪を起こしそうなミッチェル様でしたが、思うところがあったのかふと顔をあげて侯爵様に視線を向けました。
ダウニング侯爵夫人も、イングリッド様も、その場に居合わせた皆が、同じように考えているようでした。
私の知らない以前のミッチェル様は、お気持ちを心のうちに秘めて冷静に判断することのできる「高位貴族の令息」であったようです。
「お前のことは少しばかり考えの甘いところはあっても、将来が楽しみな跡継ぎだと思っていた。リプリー嬢と共に我が家を盛り立ててくれると信じていたよ」深い溜め息で、ものすごく遺憾であると言わんばかりに侯爵様が言われました。
「この感情的になりやすい、というのが眠り病の後遺症なのかどうかを、これからも観察していかねばならん。眠り病の治療を今後広めていくためにも、ミッチェルは大事な症例の一つだからな」
うわあ、スゴイこと言ってる。こんな風に視野を広げないと侯爵なんて高位貴族の当主が務まらないんだ。親子の情というのも、ミッチェル様の目覚めたあの日に私が感動したように、侯爵様夫妻は確かにお持ちだろう。
だけれども、それだけに流されない強さというのが当主であるご夫妻には必要なのかもしれません。
「ミッチェルは表立って処分はしない。今後も結婚もしてもらうし、子どもも産まれるなら歓迎はする」
ミッチェル様とリプリー様は、顔を見合わせて喜んでいる様子です。いや、さっき感情をダダ漏れしすぎって言われてたんじゃないの?
ミッチェル様は病気の後遺症って言う言い訳ができるけど、リプリー嬢はそれできないんだけど、素で教育が足りてないの?
なんとなく場の雰囲気もシラッとした空気感に支配されているような気がします。
「ミッチェル、お前の今後はすべてが後遺症の確認作業だ。子どもも出来るかどうか、貴族としての領地経営の仕事も出来るかどうか、私たちに観察されると思え」
つまりは眠り病から目覚めた後に何処まで元通りになれるかを、判断するサンプルとして生かす、という壮絶なお考えのようです。
社交界での言動も厳密に監視され、領主としての行動も確実に精査された後に許可制となるようです。
言われたミッチェル様は、複雑な顔をされています。
「私はこのままリプリーと結婚して、ダウンニング侯爵家を継ぐということでよろしいのですか?」
侯爵様は渋い顔をしつつも、エアルドレッド侯爵様を見てからおっしゃいました。
「エアルドレッド侯爵家としてはどうお考えですか?」
「王家の方から第二夫人としてという打診があったのは本当の話ですが、リプリーにはそれに足らない娘です。話は成立せずに流れたのです。それを……事実のように話して、自分に価値があるかのように……」
エアルドレッド侯爵は、ご自分の娘であるリプリー様の性質をしっかりと把握されておられるようです。
元々家どうしの釣り合いのみを考慮された婚約だったのですが、成長するにつれてリプリー様の資質が思ったほど高く育たなかった、というのを問題視されていたようです。
ミッチェル様が眠り病の為に眠りにつかれたのを機に、家の恥を晒す前にリプリー様を社交から引き上げさせたのだそうです。
家の家格を〜と新たな婚約を躱しているうちに、嫁き遅れるであろうリプリー様を親戚関連の家臣にでも縁付かせるおつもりだったとのことです。
エアルドレッド侯爵家としてはそんな娘でも良ければ、ありがたくお受けしますとのお言葉でした。
「我が家の息子も然程変わりません」辛辣に言い放ったダウニング侯爵様は、二人の社交でのフォローは責任を持って致しますので、と続けられました。
ここに次代の「お飾りのダウニング侯爵夫妻」が誕生したのでした。