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ミッチェル・ローワン・ダウニング侯爵令息は、焦っていた。学園を卒業後、ミッチェルは自らの輝かしい将来を疑ったことなどなかった。いずれ自分が治める領地を、馬車で回っている時に起きた事故が切っ掛けで眠り病となってしまった。
二年に渡り意識はあれど、身体が目覚めないというミッチェルにとっては地獄のような日々だった。
未来のダウニング侯爵が自分ではなく妹のイングリッドが第一候補となり、幼い頃から互いを想い合っていた婚約者であるリプリー・ネヴァ・エアルドレッド侯爵令嬢とは縁が切れていた。
いつ目覚めるやも知れない、そのまま儚くなるかも知れないミッチェルとの縁談は、エアルドレッド家に何の益も生まないと判断されたのだった。
目覚めた時点では、ダウニング侯爵家を継ぐタイムリミットのぎりぎりという状況だった。
両親も妹も、ミッチェルの覚醒を喜んでくれはしたが、政治的な判断なのかミッチェルに「魔力無し」の女と結婚するようにと強制して来る。
眠り病への対策となるマッサージを広めた女性らしいのだが、それでも「魔力無し」は「魔力無し」だ。家族とも縁を切られているらしく、そんな女性を妻にしたところで得るものなどあるのだろうか?
それよりも、ミッチェルはリプリーが恋しかった。ミッチェルが眠りについた二年前に、長年の婚約が解消となったリプリーは、まだ結婚をしていなかった。
身分の釣り合いやエアルドレッド家の利などを考慮した結果、リプリーは第一王子殿下の第二妃として王家に入る予定だったのだ。
第一王子のエフレイム・ソーントン殿下は、三年前にご結婚されたが、今現在まだお子がいらっしゃらないが故の第二妃という形での婚姻だった。
さすがに王家の継承に関わる婚姻の話だったので、今のところまだ公にはなっていなかった。それを何故ミッチェルが知るところになったのか?
病から目覚めると同時と言っていいくらいにミッチェルからリプリーに連絡を取ったからだった。
リプリーも幼い頃からの婚約者であるミッチェルを、想っていた。ミッチェルが眠り病となってしまった時は、眼が覚めるのをその横で待ちたかったと、その愛を手紙で伝えてくれたのだった。
病から解放され、自由に手足を動かせるようになったミッチェルは、目覚めた以上自分が侯爵家を継ぐであろうことに毛筋程も疑いを持たなかった。
イングリッドはよくできた妹だが、第二王子妃となってダウニング家を引き立ててくれれば良いのだ。
そうすればミッチェルもダウニング侯爵として、マイロン殿下とイングリッドが興すことになる公爵家の次世代の面倒を見てやらなくもない……
ミッチェルはアメリアとかいう魔力無しとの婚約を無くすべく、計画を立て始めた。幸いにも侯爵家にはミッチェルと同じく、「魔力無し」を侯爵夫人として迎え入れるのを忌避するものも多くいたのだった。
「魔力無し」との婚約に向けて、父の意向を受けた者たちが衣装をいかにも婚約者同士、といった風に仕上げて来たときには、ミッチェルのイライラは最骨頂となった。
揃いの生地に互いの瞳や髪の色を使ったデザイン、何も言わずとも婚約者であると声高に主張された意匠。父親であるダウニング侯爵に、着々と外濠を埋められていた。
ここまで来たら、もう実力行使しかありえない、とばかりにミッチェルは侍従のダグラスや家令を使って、邸内の不満分子を集めていった。
ダグラスは、馬車の事故の際にもミッチェルを庇い片足が不自由となった今でも献身的に仕えてくれている忠義者だ。
歩き方の見栄えが悪いのが残念だが、ダグラスはミッチェルの意図を汲んでよく働いてくれた。私が当主になったその時には、邸内で執事となってもらおう。今後もダグラスなら、その忠義のままに尽くしてくれるだろう。
ミッチェルとリプリーの再婚約の為にも、秘密裏に積極的に動いてくれている。
ミッチェルは、リプリーを妻にしてダウニング侯爵家の当主となる輝かしい自分の未来しか見えなかった。
清々しいまでに自己中心的な語りのパートです。