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薬草やポーションの値上がりはともかくとして、今のうちになんとか薬草を貴族以外にもっと広める手立てを考えねばなりません。
というか、マッサージ師たちを増やして、貴族にはそちらの方を利用するように働きかけるべきなんでしょうか?
私は頭の中を、もう一度整理することにしました。
眠り病の原因は、魔力量の多い人に治癒魔法などで他人の魔力を排出出来ないでいること。
それには、魔力腺へのマッサージが有効である。
それからいつか誰かが気が付くことになるのでしょうが、魔力量の多い貴族への病気や怪我にポーションが有効であること。
ポーションが貴族に買い占められたら、平民たちが困ること。
考えた末に、私はひとまずこれらを棚上げすることにしました。何と言っても、私はこれから養父母あるいは侯爵閣下に命じられるまま、何処に嫁ぐとも知れない身分の軽い小娘です。
おまけに養育をキチンとされていなかったこともあって、一般常識ですらあやしいのです。
そんな小娘の戯言を、世界に広められるとは思えません。一旦物事の棚上げを決め込んだ私は、眼の前の淑女教育の方に逃げを決めたのでした。
養母は、急に熱心に刺繍やらマナーやらを学び始めた私に驚きつつも、魔力無しの娘にも社交界デビューはやはり夢だったに違いない、という見当違いの思い込みで以て私を見て下さっていたのでした。
そんなこんなで淑女教育を順調に進めていたある日、養父様からのお呼びがかかりました。
「アメリア、君の教育も順調に進んでいるとクローディアから聞いているよ。それで、だ。デビューの話をしようかと思う」
説明しておくとクローディアというのはお養母様の名前ね、正式名称クローディア・メイヴィス・サンダース伯爵夫人。お養父様はシェイン・デレク・サンダース伯爵。
ここで、セカンドネームの話も説明しておきます。セカンドネームは子どもが生まれると、両親にもしものことがあっても私が後見につきましょうという風に申し出てくれる親族の中でも裕福な人、よくある例で言えばお祖父様とかお祖母様の名前をいただくことが多いのよね。
私はただの「アメリア」・サンダース……
生家で付けてもらえなかったセカンドネームは、養女に行ってもそのままだった。
大人同士だし、生活の保障をしてもらう立場だから喧嘩もしないし波風立てたりしないけれど、この名前一つでもこの家での私の立ち位置が分かるってもんよね?
「お養父様、わたくしにはまだ早いのでは?サンダース伯爵家に恥をかかせるようなことになっても困りますし……」
「いやいや、本来なら学園在学中にデビューするのが一般的なんだから、アメリアの歳ではデビューのギリギリ上限なくらいだよ。それに今回のデビューには色々と条件があるものだから、これ以上は伸ばせないんだ」
お養父様は、少しばかり申し訳なさそうな顔をして時間を稼ぐかのように目の前のティーカップに手を伸ばされました。
ゆっくりと一口お茶を飲んだ後、おもむろに言われたのです。
「アメリアのエスコートは、ミッチェル様がされることになった。だから今回の夜会の参加はミッチェル様の社交界復帰とアメリアのデビューとの二重の意味を持つことになる」
「……」冷静を装いつつも、私の頭の中は大騒ぎです。一体どうしてこんなことに?????
お養父様の話では、今回のミッチェル様のエスコートと私のデビューは侯爵閣下からのご下命のようです。そうなると私の返事も決まっています。
「謹んでお受け致します」そう言って私は、軽く腰を落とした礼を取りました。
私のデビューは、王室主催の舞踏会と決まりました。本来ならイングリッド様とマイロン殿下とのご結婚前に、王都に集まる貴族令嬢の為のお披露目の会だったのですが、そこに私という新米伯爵令嬢をねじ込んだそうです。
それも侯爵令息のエスコート付きで……
どう考えてもこれって……そのまま婚約の流れでない?それとも私が自意識過剰なだけ???
だって私、アメリア・サンダースだよ?セカンドネームも魔力も無しの。
この段階でエスコートっていうのは確実に婚約だから、分かりきった話をわざわざ私にしてくれないだけなのか、単なるエスコートだけなのか、そのへんの判断すらつかなくて困る……
毎日忙しくて考える暇もないまま、気がつけば舞踏会はもう明後日ですよ。