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ミッチェル様がお目覚めになったあの日以来、私はサンダース伯爵家での自宅待機を命じられております。
「アメリア・サンダースと申します」と一通り身繕いをされたミッチェル様に一言ご挨拶を述べたきり、侯爵邸への出入りもしておりません。
お義母様はこの時とばかりに、淑女教育に精を出されてレース編みやら刺繍やらを叩き込まれております。養女となってからも手ほどきは受けてましたが、いかんせん素養が無いのでほぼ一からの修得です。
手芸ばかりでは肩も凝るだろうと、時折庭に散歩に出たりしておりましたが、看護チームとして毎日侯爵邸で働いたり、研修講師として指導に当たっていたことを思えば、暇を持て余す日々です。
そういう事情で、私はとうとう庭に薬草畑を作るに至ったのでした。
元々、学生寮の裏庭で薬草を育てては納品し、小銭を稼いでは生活費の足しにしていたのですが、今回は徒然なるままにポーション作成にも手を出しました。
必要な道具類が用意できなかったこともあって、以前の生活ではポーション作りまでは出来なかったのですが、薬草の知識を仕込んでくれた庭師一族が初級ポーション作りまでは教えてくれていたので、復習がてらつくってみたのです。
学園を卒業後少しばかり疎遠になっていたメアリーが私を訪ねてきたのは、そんな風にポーション作りの実験をし始めた頃でした。
「久しぶりね、アメリア」応接室のソファに優雅に座したメアリーが、ティーカップのハンドルを片手に私に話しかけてきました。
「卒業以来かしら?イングリッド様とご一緒にご結婚式の用意で忙しいのではなくて?」
「そうね、結局のところイングリッド様とマイロン王子殿下とのその後の立ち位置というものが、あなたのせいで一段高くなってしまったので、わたくしたちは右往左往している、というのが正確なところよ」紅茶を一口含んでから、メアリーが言った。
私といえば、飲んだ紅茶を吹くかと思った。
「ちょっと待って、私のせいでってどういうことなの?」少しばかり気管に入ったのか、咳き込みながらメアリーに問うと、彼女は呆れた様子で私の疑問に答えてくれた。
「まぁ、ミッチェル様のことよ。てっきりこのままお目覚めになることもないと思われていたご嫡男が無事に、それも頭も魔力にも問題なくお目覚めになったのよ。イングリッド様の今後にも影響があるってもんでしょ?」
「ちょ、ちょっとメアリー。なんてことを言うの?ここがどこだか分かっているでしょう?ダウニング侯爵家の忠臣も忠臣のサンダース家よ!なんてことを!」
「分かっているわよ、それに元々ミッチェル様の看護に関しては、侯爵様のお考えで始まったことだしね。それ自体はあなたが原因ではないのよ」
「だったら、何が私のせいだっていうの?」
「あんな風に目覚めない貴族が、ミッチェル様だけじゃないってことよ」メアリーは、私の目を見てきっぱりと言いました。
メアリーの説明によると、事故や病から治癒魔法を受けて、そのまま目覚めることなく寝たきりになったり亡くなったりする貴人というのは、時々存在したのだそうです。
魔力量の豊富な方に限って言えば、その率はかなり高くなるため、以前から魔力の多い方は、怪我や病気にならないよう真綿で包むかのように育てられるそうです。
ダネル医師の考えと私たちが行うマッサージ療法が、その奇禍に立ち向かうにあたり希望を見せたのです。
ダウニング侯爵の派閥に限らず、社交界の水面下で語られるささやき声が徐々に大きくなってきている為か、マイロン第二王子が本来ダウニング侯爵家への婿入となるはずだったのを、そのままイングリッド様の王家への嫁入りとして、その治療法を貴族全体に広めて欲しいという話が進んでいるとのことなのです。
治療法といっても、私たち低魔力のものが行うマッサージ療法自体はまだまだ外の世界に知られてはいません。ダネル医師が、何らかの治療を行ってミッチェル様の意識が戻り、どうやら貴族として復帰が可能らしい、という話が奇跡のように広がっているのだそうです。