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ミッチェル様の寝室は、それだけでバレーボールコートくらいの広さがありました。
今世になって初めて入ることになった高位貴族の寝室です。イングリッド様のお部屋にも伺ったことはありますが、あれは学院の寮でしたので、侯爵令嬢の寝室としてはかなり手狭だったのしょう。
寝室ですので、もちろんそれはもう大きな天蓋付きのベッドがございますが、ちょっとした、といっても私からすれば立派なライティングビューローやソファセット、書棚が機能的に配置されてありました。
角部屋ではありますが、防犯上の理由からか窓は然程大きく取られてはいません。それでも圧迫感がないのは、天窓から入る陽光と窓から見える庭の緑が部屋を明るくしているからでしょう。
ダネル先生の後に続き、ミッチェル様のベッドサイドに到着しましたが、天蓋の陰でミッチェル様のお顔はまだ見えません。
ダグラス卿がミッチェル様に向けて、私の紹介をして下さっています。
「侯爵様より伺っておりましたマッサージ師のアメリア・サンダースが挨拶に見えております」
特に返事はなかったようですが、ダグラス卿が私に向けて頷かれたのを切っ掛けに私もミッチェル様のベッドに向かい淑女の礼を取りました。
「サンダース家の三女アメリアと申します。よしなにお願いいたします」
ダネル医師がミッチェル様への検診をすませると、いよいよ私の出番です。
施術のしやすいようにと、ミッチェル様をベッドから背もたれのあるソファへとダグラス卿が抱えて移されました。
メイドが用意した、お湯の入った桶とタオルでミッチェル様の足を綺麗にします。
意識がなく力の入っていない、妙に浮腫んだ足の様子に少しばかり驚きました。
私が少し指に力を入れて膝の下辺りを押すと、そのまま指の形が残るほどに浮腫んでします。
寝たきりで意識のないミッチェル様には、お食事を摂りすぎることなどありえません。命をつなぐ程度に流動食と水分を摂っていただくだけで、看護するダグラス卿は精一杯でしょう。
点滴などと言う便利なものがあるわけでもないのです。まして二年に渡る生活です。本来なら全身筋肉も贅肉も落ち、細くなっているだろうと私は考えていました。
私は自分の指をミッチェル様の踝に這わせながら考えましたが、明らかに水分以外のものでこの足は浮腫んでいたのでした。
「ダネル先生、この足なんですが……」
私はミッチェル様の足を解しながら、ダネル医師に水分以外の、おそらくは魔力で浮腫んでいるのではないか、という考えを伝えました。
「そう、そうなんだよ。私もミッチェル様のご様子を見るにそうとしか考えれなくてね。君にマッサージしてもらうことでミッチェル様の体調に変化が出たら、それも一つの指針になるだろう?」
そう言ってダネル医師は、満足げに笑ったのでした。
「ですが足だけでなく、これはきっと全身で同じように詰まりを起こしてますよ」
私は全身のマッサージをしても良いのだけれど、伯爵家の養女となったので「体裁」とか「外聞」を考えなくてはならないのです。
事は私個人ではなく、伯爵家の評価につながるのですから。
少し考えて、私はケイリーを呼んでもらうことにしました。
ケイリーは学園時代の同級生で、メアリーたちと同じ低魔力の子爵家の元嫡男です。元、となっているのは、次男の方に問題なく魔力があるので、彼も卒業と同時に家族籍から抜けて絶縁されたからです。
実際のところ、低魔力のケイリーもマッサージ師としてダウニング家に縁が出来たので、彼の実家はケイリーを認めていれば出来たはずの侯爵家への伝手を失ったわけです。
同様にクィンシーやコナーといった同級生たちも実家の籍を抜けて平民になってから、侯爵家に属することになりました。
まだ今のところ、私たち魔力無しと呼ばれる者たちが、体内魔力の流れを感じ取れるという事実は世に知られていません。
ダウニング侯爵家では、過去の卒業生や学園の在校生の低魔力者を呼び込むべく、色々と秘密裏に動いているようです。
それを私が知ったのは、ケイリーがミッチェル様付きのマッサージ師となってからなのですが。
少しストックがあるので、今日もなんとか更新できました……。
でももう追いつかれそう(T_T)