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イングリッド様のお兄さまの介護をすることになりました。介護は昔からの侍従がしているそうなので、私がするのはマッサージなんだけど……
寝たきりの意識不明患者にマッサージが効くのか?ちょっと何でもかんでもやれると思わないで欲しいな……
マッサージが、万能なわけじゃないんだから。それにしても、明らかに治癒魔法とかもバンバン使って怪我を直したはずなのに、意識が戻らないってホントにどうしてだろう?
患者に会う前に考えても仕方ない、どうせ私には拒否権もなければ、病気を治すような奥の手があるわけでもないんだから、とりあえずマッサージすることしか出来ないよね……
というある意味開き直りの気持ちで、私はミッチェル様に会うことになりました。
ミッチェル様のお部屋は、ダウニング邸の奥の二階、陽当たりの良い角にありました。
「ダネル先生、回診でございますか?」明るい茶色の髪と綺麗なグリーンの眼が印象的な男性が、ダネル先生と私を出迎えてくれました。
背は高いものの、肉付きは薄く、軽く足を引きずるようにして歩く彼は、私たちを部屋に招き入れて、病室の手前の前室で手際よく入れたお茶を振る舞ってくれました。
彼は、二年前の事故で生き残った侍従で、ダグラス・サンフォード ダウニング侯爵家の遠戚で、我がサンダース家と同じようにダウニング家に仕えるサンフォード子爵家の次男とのことです。
「侯爵閣下からも聞いているだろう、彼女がアメリア・サンダースだ。これからはここにも出入りして私と一緒にミッチェル様の治療に携わってもらうことになる」
ダネル先生が、ダグラス卿に私を紹介してくださいました。私はできるだけ優雅に立ち上がり、淑女の礼を以て彼と挨拶を交わしました。
先生とダグラス卿に、ミッチェル様の看護の話を聞いて今後の方針を話し合います。
「では、主にダグラス卿の使う治癒魔法や清潔といった生活魔法を使われている、ということでございますね?」
「はい、さようです」ダグラス卿は、薄く微笑んで返答されました。
「先生は魔力の滞りが原因ではないか?とのお考えですが、それでも魔法を使っての看護は今後も許可されるんですか?」私がダネル先生に顔を向けて問うと、ダネル先生は我が意を得たり、とばかりに出来れば一度止めてみたいのだ、とおっしゃいました。
ダグラス卿は、ミッチェル様の尊厳に関わることですので、少なくとも大小の用に生活魔法は欠かせませんと強めに言われました。
「ですが、今まで二年に渡り変化が無いのです。ミッチェル様の意識が戻るまでは、色々と試してみるのも良いのではないですか?」とダグラス卿に言葉を少しずつ変えて、働きかけました。
ダグラス卿もミッチェル様に意識が戻られる様子がないことに責任を感じておられるようで、最終的には、ダネル先生の方針に従ってくださるとのお言葉を引き出すことに成功しました。
「では、今後の方針が決まったところで、ミッチェル様に紹介していただけますか?」
そうなのです、こんな風に治療方針を話していながらも、私はまだミッチェル様にお会い出来てもなかったのです。
少々お待ち下さい、と席を立ったダグラス卿は隣室のドアを開け、ミッチェル様にダネル医師とマッサージ師がご挨拶に見えています、と声をかけているのが聞こえた。
侍従であるダグラス卿のミッチェル様へのお声がけは、ふわっと前世の私の介護生活の一幕を思い出させました。
訪問介護の看護師さんや、お見舞いに来て下さった方の名前を母に知らせる私の声が脳裏に蘇ります。
晩年にはほとんど寝たきりで意識のなかった母にも声だけは聞こえているかもしれないという気持ち……
主に仕える侍従のルールに則った行動と、ダグラス卿のミッチェル様への愛情というと語弊があるかもしれませんが、忠義だけではない彼の思いに、ある種の共感を感じたような気がしました。
ダウル医師と私は、ダグラス卿の合図を受けてミッチェル様の寝室へと歩を進めました。