第3話 雨の日と甘い香りと、突然の来訪者
「ふわぁ〜……今日は生憎の雨かぁ。こんな日は外に出る気もしないし、家で本を読みながら調合でもしようかな」
窓の外では、朝から雨が静かに降り続いていた。
紫乃は大きく伸びをしながら、ぼんやりとした頭を起こす。
「むにゃむにゃ……もう食べられないよ〜」
隣のベッドから聞こえてきた寝言に、思わず苦笑した。
(初めて食べたちゃんとしたご飯だったもんね……嬉しかったんだろうな)
そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなる。
「さて、と。着替えて朝ごはんの支度をしようかな」
―――数時間後
「むにゃむにゃ……おはよう〜」
「おはよう。ご飯、そこに置いてあるから、起きたら食べてね」
「ん……ふぁ〜い」
まだ半分夢の中の返事に、紫乃は自然と笑みを浮かべてしまう。
(ふふ、相変わらず見ているだけで癒されるなぁ)
そんなことを考えつつ、紫乃は作業台の前に立った。
「さて、私も調合開始。えーっと……この前採ってきた素材が……あ、あった」
素材を並べ、手順を確認する。
錬金術師としての顔に切り替わった瞬間だった。
「この組み合わせなら……うん、これだね」
―――数時間後
「……よし、完成」
机の上に置かれたのは、淡く光る研石だった。
「今日のは、なかなかいい出来かも」
「ねえねえ、今日は何作ったの?」
「今日はね、研石。ほら、スミレも剣を使ってるでしょ? 定期的に手入れしないと、すぐ切れ味落ちちゃうから」
「えっ、それ……もらっていいの?」
「うん。一個あげるよ」
スミレの表情がぱっと明るくなる。
「残りは街で売る予定。ついでに買い出しもしなきゃだしね」
「街かぁ……久しぶりだね」
「今日は雨だし、行くのは明日かな」
「うん、楽しみ〜!」
その笑顔を見て、紫乃はまた作業に戻ることにした。
―――数時間後
「よしっ、これで完璧……かな。ちょっと休憩しよ」
集中し続けた頭を切り替えるように、紫乃はキッチンへ向かう。
「確か、紅茶があったはず……」
お湯を沸かし、茶葉を入れる。
ほどなくして、部屋いっぱいにやさしい香りが広がった。
「……うん、いい匂い」
「ん〜、なんか甘い匂いする〜」
「そうだ、クッキーもあったはず」
リビングの棚を探っていると――
「何してるの?」
ひょこっと、棚の向こうから顔が覗いた。
「調合が一区切りついたから、お茶にしようかなって。スミレも一緒にどう?」
「うん! 食べる!」
―――数分後
「わぁ……すっごくいい匂い!」
「ついでにパイも焼いてみたんだ」
「やったー! 何のパイ?」
「裏庭に生えてたベリーのパイだよ」
「ベリーパイ! 早く食べよっ!」
「はいはい、慌てない慌てない」
準備を整え、二人で向かい合って座る。
「「いただきまーす!」」
まず動いたのはスミレだった。
勢いよくパイにかぶりつき――
ドターン。
「っ!?」
次の瞬間、椅子ごと後ろへ転倒。
「だ、大丈夫!?」
「へ、平気……それより……」
スミレは目を輝かせた。
「なにこれ……甘酸っぱくて、めちゃくちゃ美味しい……!」
「ほんと? それならよかった」
「これ、どうやって作るの?」
「そうだなぁ……今度、一緒に作ってみる?」
「うん!」
その返事に満足して、紫乃も自分のパイへ――
「……あれ?」
皿の上は、空っぽだった。
「大変美味しゅうございました」
「なんで私のまで食べてるの!?」
「だって、美味しかったんだもん」
「それは嬉しいけど、全部はダメ!」
「えへへ〜」
「えへへじゃないの!」
紫乃はスミレのほっぺをむにっと掴む。
「あーっ、やめて! ほっぺ伸びる〜!」
「反省するまで離しません」
「ごめんなさーい!」
そんな平和なやり取りの最中。
コンコン。
扉を叩く音が響いた。
「はーい、今開けますね」
扉を開けた瞬間――
バターン。
「えっ!?」
黄色い髪の少女が、勢いよく倒れ込んできた。
「だ、大丈夫ですか!?」
ぐぅ~~。
返事の代わりに、盛大な腹の音。
「……お腹、空いてます?」
「は、恥ずかしながら……」
―――数分後
「お待たせしました。昨日の残りですけど」
「ありがとうございます……いただきます!」
食べる速度を見て、すべてを察する紫乃。
「旅をしているんですか?」
「ああ、行商をしながら各地を回ってまして」
「旅!? いいなぁ!」
「ち、近い近い!」
「あ、自己紹介がまだでしたね。私は民野紫乃。錬金術師です」
「わたしはスミレ! 剣士だよ!」
「私は薬師寺黄乃。行商人です」
「どんな物を扱ってるんですか?」
「薬草と鉱石が中心ですね。あ、近々この街で店も開く予定なんですよ」
そう言って差し出されたチラシを受け取る。
ボーン、ボーン。
時計の音が静かに響いた。
「もうこんな時間か……」
「泊まる場所は?」
「宿に……あっ」
顔色が一気に青くなる。
「まさか……」
「お金、ないです……」
「それなら、よければ泊まっていきます?」
「え、いいんですか!?」
「一部屋空いてますから」
―――数時間後
「ふわぁ……おやすみ〜」
「うん、おやすみ」
ベッドに入った紫乃は、今日一日を思い返す。
(雨の日も、悪くないかも)
明日はきっと、また何かが起こる。
そんな予感を胸に、紫乃は目を閉じた。
今回も読んでくださりありがとうございます。
かなり久しぶりの投稿です。




