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第二話 インビジブ粒





    ■ 第二話 インビジブ粒 


     4月9日(火) 午前8時


 寮から少し歩いたら、すぐに校舎である。なんとも便利な世の中だ。

「おはようエッチ君」

「あ、エッチ君だ。おはよー」


 ……今、何て言った。


 僕は愕然としていた。結局、あの悲劇の写真撮影の後に僕はハジメと同じ部屋で寝たのだ。ああ、ここでの寝たと言うのは枕を共にしたとかそう言う意味ではなく、女子寮の一角にあるハジメと僕が配置された二人部屋で、別々のベッドで寝た、と言う事である。僕がハジメの言う事を聞くと約束し、あの写真は門外不出の処理になったはずである。だから、僕が。永地英一と言う名の僕のあだ名が、いきなりエッチ君になると言うのは無いはずのなのだ。

「お! エッチ君おはよ!」

 しかしどう言う事だろう。この一年一組の連中たちは僕の事をエッチ君と呼んでいる。僕は昨日の昼間とかの事をすっかり思い出せないが、初対面の人間にエッチ君と呼ばれる程、何かの名人でもないはずだ。鷹のような目もしていない。

「おー、エッチ君来たねぇ。入学式からすっぽかすとは凄いね!」

 昨日の事は思い出せないのだが、やはりどうやら僕は入学式に出ていないらしい。まぁ、それはいいのだ。それは。問題は何故僕のあだ名がエッチ君で美しいまでに固定されてしまっているのか、と言う事だ。


 一年一組には知らない人の方が多い。もちろん、小学校が一緒だった人間も何人かいるのだが……あ、ホッシーがいる。そうだ、本来ならば僕と一緒の部屋で過ごすルームメイトになるはずだったホッシーだ。センター分け(強)の。

「ホッシー」

 後ろから軽く声をかける。

「あ、エッチ君」

 ホッシー、貴様もか。

「ちょ、ちょっと待って。なんでホッシーまでエッチ君って呼ぶんだよ」

「え? そう呼んで欲しいんじゃないのか?」

「……誰がそれを」

「あ、あの、可憐な子」

 と、ホッシーの指の先を見ると……ハジメだった。

「ハジメ……」

「あ、おはよ英一」

「おはよ英一じゃねーよ」

「あぁ、エッチ君おはよ」

「そう言う事じゃねぇよ! 何だよ、写真ばらまかないんじゃなかったのかよ! ものすっごい勢いで僕のイメージがエッチなベクトルを形成しているよ!」

「ん? あんな写真ばらまくわけないだろ。あたしのおっぱいが触られてるなんて自殺者が出るだろ。折角だし、みんなに英一のあだ名を伝えておいたのだあ! えらいでしょ?」

 ハジメはとってもにっこり。小悪魔の皮を被った悪魔だ。

「えらいねぇ~ってそんなわけないだろ。僕のクールでワイルドなイメージが……」

「淫靡で卑猥なイメージになったね」

「やかましいわ」

「悪くないじゃないか、別に。イニシャルもH・Hなんだし」

「ち、ちがうよ! えいち・えいいち! E・Eだよ!」

「いいじゃんいいじゃん」

 良く解らないが、ハジメに先手を打たれたらしい。とても困った。

「あ、英一君」

 そんな苦悩する僕の横で、天使のような声が聞こえた。

「あ、悠木さん」

 悠木チカ。数少ない小学校の頃からの同級生だ。ふんわりとした長めの髪と細身の体(出るところは出ている)と綺麗な瞳で小学校時代はヒロインの名を欲しいままにした女だ。と言うと魔性の女のように聞こえるが、人当たりも良く優しく、頭もいいし運動神経もいい。僕はかつて一回だけだがスカートをめくった事があるのだが、英一君、そんな事しちゃだめでしょ、って言われた覚えがある。そんな事を言われるとスカートのめくりがいがないので、それ以来はめくっていない。妙に大人っぽいのが気になるが他はとても満点な女性である。

「おんなじクラスなんだね」

「うん、私は昨日から知ってたよ」

「ああ」

 それもそうだ。僕が入学式出ていないだけだから。

「まぁ、中学校でも宜しく」

「宜しくね」

 にっこりと。ハートマークが浮かぶような微笑である。なんとも可愛いらしい。その横で、むすーっとしている娘が一人。

「おーい、英一、誰だよこの女ー」

「ハジメ……なんだその顔」

 ハジメは顔をひょっとこみたいにしてふくれていた。

「なんで英一みたいなのがこんな美少女と知り合いなんだよー。誰だよー」

「悠木さんだよ」

「有機酸?」

「悠木さん」

 ふぅん、と言う顔をして、ハジメは悠木さんの方を見ている。ちょっと怒ってるようだ。まぁ僕のせいじゃない。

「有機酸って言うの? なんかケミカルだな」

 ハジメが声をかけているが何か微妙にイントネーションがおかしい。

「うん、虎ヶ崎さんだよね。ハジメさんだっけ」

「何故知っている」

「昨日休んだからね」

 微笑みながら答える悠木さんには楽しそうな顔をしている。入学式を休んだ事で僕もハジメも有名人になっているようだ。

「よろしくね」

「う。ん、よろしくだ。名前で呼べ」

「うん、ハジメちゃんって呼ぶね」

 小悪魔が慈母のオーラにやられていると言った印象だ。

「おい、英一、なんだこの子。かわいい」

「うん、割とそうだと思うけど」

 ぼそぼそと僕に耳打ちするハジメ。

「こんな美少女はじめてだ。ちょっとおっぱいとか触りたくなるよな」

「うん、なるね」

「なるのかよこのスケベ英一」

「なっ、今のは誘導尋問じゃないか」

「本音が出ただけだろう。流石あたしの乳頭をこそぎまわるだけのことはある」

「こそぎまわるって何だよその日本語」


 悠木さんは割とおっぱいが大きい。きっと夢が詰まっているのだと思う。バスケットボール部に入るらしいから、多分、将来はバスケットボールくらいに膨らむはずである。

「楽しそうだね、よろしくね」

 と、言う感じで悠木さんはいつもの天使ペースである。そうこうしているウチに先生がやってきて、始業の時間となるようだ。


 綺麗な空。

 朝の風。

 教室の匂い。

 何もかもが新鮮に感じられる。

 良く解らないけれど、

 まるで生まれ変わったような気分だなぁ。


 新しい先生は女の先生で目の印象が強くて、大きな瞳だがキリッとしている。細い身体が妙に締まっていて運動をしているのだろうと思わせた。

「はい、じゃあ出席をとります」

 あぁ、そうだ。昨日の入学式の時点で、先生の自己紹介も終わっているのだろう。僕とハジメは先生の自己紹介を聞いていない。先生は出席簿を持ちながら教室を歩いている。

「相内くん」

「はい」

「相川くん」

「はーい」

「宇都宮くん」

「あーい」

 栃木っぽいな。

「エッチ君」

 栃木って何が美味しいのかなぁ、イチゴかな。

「エッチ君ー」

 ほんと僕は栃木のことしか頭にないのです。だから、変な音は聞こえない。

「エッチくーん」

 教室の爆笑が聞こえるような気がするが、気のせい気のせい。

「エッチくん!」

「……はい」

「ちゃんと返事をしなさい」

「先生まで……」

「ん? 何?」

「先生までエッチ君とかあんまりだ」

 僕は思わず立ち上がってそう訴えた。

「え? あ、これ永地えっちじゃないの」

「そんなわけないでしょ! 農民がやっと苗字をつけていいって時にエッチって付けるわけないじゃないですか」

「虎ヶ崎さんがそうやって読むって言うから」

 あー、そうですか。ハジメが。もう怒る気もなくなって来た。

永地えいち君ね、ごめんごめん、でもエッチ君って可愛くていいじゃない」

「えー、先生そんな事良くいいますね」

「だって、ほら、イニシャルもH・Hだし」

「E・Eだってば!」

「いいじゃんいいじゃん」

 先生はあっけらかんとそう言って僕の背中をボンボンと叩いた。なんだか豪快な先生だ。

「あ、先生は、秋山先生よ。秋山怜奈。入学式すっとばすとは度胸のある男だな、一年間宜しくぅ」

「ああ、はい」

「ほい、んじゃ、尾崎くんー」

「はーい」

 ふう、と。息を一つつきながら席につく。いきなり先生すらエッチ君で統一されるのかと思ったが、回避出来たようだ。しかし、ハジメの手は早い。まさか教員まで「エッチ君と呼ばせる範囲」に入っているとは。祖父が理事長だか校長だかをやっていると言うのも強ち嘘ではなさそうだ。

「先生美人だよなぁ」

 僕の肩をトントンと叩きながらホッシーがそんな事を言った。このセンター分けは女が好きらしい。もちろん、僕も好きだが……あんまりそう言うのを言うのもなんか軟派な気がして嫌だな。でも、ホッシーはセンター分けだから、多分、おっぱいは左右対称なのが素晴らしいとか言うんじゃないかな、とか考えていた。

「虎ヶ崎さーん」

「はぁい?」

 何がはぁいだ。艶っぽい声だしやがって。あ、目があった。こっちを見ながらニヤニヤしている。いや、ニヤリとしている。あれは何か悪い事を考え出したに違いない。


 そんなこんなで、僕の中学校生活一日目が始まった。ずいぶんX座標がマイナスの位置からのスタートになったが、まぁこれ以上悪くなる事はないだろう、うん。


 今日の授業は国語、英語、理科、数学、そして給食。


 と、初日(みんなにとっては二日目だが)から割とハードスケジュールだ。中学校になると教科ごとに担当の先生が変わる。妙な感じだった。数学の時間は秋山先生だったが、僕は窓の外の雲がおっぱいの形に見えるなぁ、と言う妄想を繰り広げながら半分眠っていたので、チョークを投げられた。痛い。絶対値がぜったいえっちに聞こえた。


 

そして、五時間目のはじまりのチャイムが鳴って、僕たちは席に着く。





「五時間目は眠いなぁ。夢でも見るか」

 と、言うのはホッシー。中二病丸出しの発言である。おっぱいがいっぱい出てくる夢でも見たいんだと思う。左右対称のやつね。それはそうと、五時間目の授業は時間割には社会と書いてある。社会の先生はまだ見てないな。

「はい、きりーつ」

 ん、秋山先生だ。数学担当じゃないのか。起立と礼と着席がさっさと終わると、先生は大きな声を出した。

「はい! 時間割的には社会だけど、今日は学級活動の時間だ」

 クラス中が少し騒がしくなった。まぁ、勉強の時間が潰れるのだから、僕が文句を言う事があるだろうか、いやない(反語)

「ウチの学校は部活動必修だからな! 部活動の見学、ないし、入部のための時間だ」

 へぇ……あ、そうか。部活動か。

「なぁ、エッチは何部入るんだ?」

 ホッシーが声をかけてくる。普通にエッチと呼ぶのをやめて欲しい。

「未定。野球かな?」

 ぶっきらぼうに答えた。

「そうかー、俺に合う部活は何があるかな」

 ちょっと気づいてきたんだけど、ホッシーちょっとナルシストだ。頭の回路が一般的な回路と比べてややずれている。

「テニス部などいいかもしれんな、俺的に」

 テニス部だと。どうせあれだろ、あのプヨプヨしたソフトな感触のテニスボールを胸に二ついれておっぱい、とか言うんだろ。そんな部活に違いない。少なくとも僕ならそうする。

「それじゃあ、各自自分の見たい部活の見学に行くよーに。今日は二三年、半ドンだからもう部活やってるからね。で、部活終わったやつから帰ってよろしい! はい、さようならー」

 と、それだけ言って秋山先生は去っていった。なるほど、部活動見学か。よーし、僕は野球部に……

「英一」

 声が、聞こえた。ハイメの声が。

「はい、なんですか」

 思わず敬語になる。

「どこに行くのかな、英一」

「えっと……ちょっと野球的な部活へ」

「英一はね、発明部だから」

「えっと、決まり?」

「決まり」

「どうしても?」

「……何県の中学に引っ越したい?」

 こういうのをなんとかハラスメントと言うのではないだろうか。

「僕、発明全然出来ないけど」

「いいよ、あたしがやるから」

「あの……僕の意見とか、そういうのは」

「聞いてあげるよ」

「マジ?」

「どんな人体実験がしたいの?」

「人体実験限定?」

「大丈夫、痛くないように優しく、ゆっくりするから」

「な、何を……」

「天井の木目を数えてる間に終わるよ」

「な、何が……」

「に・げ・て・も・む・だ・だ・よ?」

「わ、解った、でも人体に影響があるのはやめてくれる?」

「……」

「無視?」



 と、言うわけで、僕はハジメに制服の裾を引っ張られてどこかへと向かった。僕も身長が高いわけではないが、ハジメは140cmあるかないかと言う印象なので前を歩かれると妙に小さく見える。

「……ところで、部室あんの?」

「ある」

「あるのか」

「視聴覚室だ!」

「し、視聴覚室」

 小学校のとき、保健体育の時間に女子達が何故かよばれていった、あの視聴覚室。そして、いまいち使いこなせなかったあの視聴覚室。今や時代の流れでどの学校もまともに使い切れていないという視聴覚室。まさか、中学になってもあるとは……視聴覚室は四階だった。一年一組は一階。エレベーターあればいいのにな。

「ボケッとしてないでさっさとついてくる」

「はいはい。なんか怒ってない?」

「怒ってないよ!」

 怒っている。お母さんが怒らないからいってみなさい! とか言うのと同じにおいがする。

 ぷりぷり怒られながら、四階についたが、基本的には何もない。何もないと言うと語弊があるが、要するに一年とか二年とかの生徒の教室が無いのだ。図書室や音楽室、会議室に今言ったような、たまにしか行かない部屋ばかりだ。視聴覚室はなおさらそうで、今この部屋を使う機会も無い状態だろう。そのせいかいまいち人気が無い。だから、ハジメが僕の服の裾を引っ張るこの状態が何だか秘密の行動のように思えて少し気恥ずかしい。ちょっとエロい言葉に線を引くような気持ちに似ている。

「ついたぞー」

「ああ、つきました。視聴覚室ね」

「部室だっつーの」

「占領してるだけでしょ?」

「ちがう。ちゃんと、部室。ここ、部室」

「なんで片言になるんだよ」

「まぁ、部室なのだあ。英一、お前も一応部員なんだから、ここは自由に使っていいのだぞ、でも自慰とかはダメだ」

「し、しないよ!」

 ハジメは多分、アホなんだと思う。主に思考回路が。

「で、ハジメ」

「なによさ」

「他の部員は……?」

「ん?」

「だから、他の部員は? 何人いるの?」

「英一と、あたしの二人」

「なんでだよ、それ部活じゃねーよ、趣味だよ」

「え、なんだよ、そんな事言うなよ……えと、あ! そうだ、一人いる。先輩に一人。一緒にやってくれるって言ってたんだ」

「へー、どんな人」

「あー、でも、今いないや。なんか最高のリトマス紙を作りに行くとか言って学校休んでる」

「わー、その人、とっても会いたくない」

 そう言うちょっと頭のバイパスの繋がり方がおかしい人とはあまり会いたくなかった。

「で、だ」

 と、話をかえるかのようにひとつコンと咳をして、ハジメはにやりと笑う。

「まぁ、モルモッ……部員の方は少しずつ増やすからいいとして」

「モル?」

「まぁ、今日は英一にやってもらいたいことがありまーす」

「嫌です」

「そうかぁ、じゃあ仕方ないなぁ」

「え? やんなくていいの?」

「いいよ。でも割と気に入ると思うけど」

「なんだよ」

「じゃーん! その名も『インビジブ粒』!」

 と、大げさに高くかかげたのはシャーレで、その中には黒っぽい小さな飴のようなものがいくつか入っていた。1cmに満たないものが多く、なんか鼻くそみたいである。


    ■ 発明ナンバー102 インビジブ粒 ■

 ハジメが開発した百二番目の発明品。飴を小粒にしたような黒い色の薬。飲むと身体が透明になる、所謂透明人間になる薬。人間自体をそっくりそのまま通常の人間には見えないようにする。服を脱ぐ必要はなく、とにかく飲むだけで透明になれる。理論はハジメしか解らない。


「お、おお! 凄い」

「な~、すごいだろー」

「凄い、凄いなハジメ。本当なら」

「……英一、もしかして疑ってる?」

「信じると思ってるのが凄いわ」

「まぁ、英一が信じようが信じまいが、いいんだけどね、どうせ英一が飲むんだし」

「嫌だよ」

「な、なんでぇー。透明になったら下校前の女生徒にシャレにならないことしまくれるよ?」

「……確かに」

「うわ、するのかよ」

「し、しないよ!」

 するけど。

「まぁ、一粒飲んでみ?」

「あのさ、実験台って事?」

「いや、違うよ、発明部にはいってくれたお・れ・い。あたしが昨日自分で使ってみたから、大丈夫」

「副作用とかない?」

「ないない」

「んー、じゃあ」

 本当かな。まぁ、どうせ透明人間なんて嘘だろう。そう思いながらシャーレの中に入っている粒をひとつ持ち上げた。

「あ、それはカカオ86%のチョコだ」

「混ぜるな。んじゃコレか?」

「あ、それは銀のエンゼルが出たチョコボールだ」

「だから混ぜんな。何このハイブリッドなシャーレ。チョコをまぜるな」

 気を取り直して……これだな。しかし黒い玉だ。正露丸みたいな感じである。透明になれるのならロシアにも負けないと思った。

「……本当に大丈夫?」

「大丈夫だって、あたしなんともないんだから」

「そか」

 ぽいっと、口の中に放り込む。

「うわ。食べた」

「え、おい」

「大丈夫かなぁ……」

「な、なんだよ、実験済みじゃないのかよ」

「そんなわけないだろ。そんなおっそろしいもんあたしの身体で実験するわけなぁいだろ。アレとアレを混ぜたんだぞ。まぁ、でも理論はあってるはずだから、透明になるはずなのだが」

 そう言いながら、ハジメはごそごそと引き出しを開けたり閉めたりして、何かを探している。大丈夫なのか、僕。死んだらどうしよう。いや、まさか死なないだろう。うん、きっとそうだ。

「う……」

 手が、いや腕が、いや、全身がぼうっと輝きだしている。なんだ、本当に……




 ぼんやりとした輝きの中、身体が消えていく……

 完全に身体が、消えた。嘘だろ?



 僕の視界はいつも通りだが、僕の身体は見えない。窓に映る姿も無い。電源のついていないまっくらなパソコンのモニターにも僕の身体はうつらない。僕の身体は本当に見えなくなっている。

「ほ、ほんとだ! ハジメ! 見えないよ」

「ああ、ほんとだ? 声は聞こえるのにね。成功だね、(副作用が出なければ)」

「え? 今何ていった?」

「ううん、何でも」

 ハジメは引き出しから眼鏡を取り出して布のようなもので拭き拭きしている。視線はこちらを向いてはいない。声は聞こえるようだから、ある程度の方向は解るのだろうが、僕自身の事は見えていない事になる。そうか。僕の中にふつふつと悪戯心が湧き出した。こんな状況めったに無いぞ。せっかくだし……そう思いながら僕は足音を殺しながらハジメへと近づく。

「英一? どこにいんの?」

 返事はしない。どうしてやろうか。ここはスカートめくりか? いや、スカートをめくっても、意味が無い。だってこの部屋にはハジメと僕しかいないのだから。いくら透明になろうとも、犯人がばれてしまってはしかたない。よし、ここはスカート覗きだ。ハジメは比較的スカートを短めにはいているので、出来無い事もないだろう。ハジメは何故か白衣も着ているので、ちょっと覗きづらいが、そっと足元にいけば覗けるだろう。じりじり。僕はほふく前進をしながらハジメのスカートの真下まで忍び寄っている。いける、これはいける。こっそりスカートを覗いて、明日みんなに言いふらしてやろう。何色のパンツだったぜ、と。

「英一、どこいったのさー」

 ふっ、苦しめ苦しめ。パンツを覗かれるとも知らずに……よし、ここなら。僕はハジメの背後に回りこんでいた。前方では歩き出した場合に踏まれる恐れがあるからな。このバックアタック、そうそう見破れるものではない! 僕はこのバックアタックをバックスタッブと名づけた。よし、僕はハジメのスカートの真下まで来て、そっと上を覗き込んだ……ぴ、ピンクだ! 意外と可愛い趣味!

「ぐえ!」

「あれー、英一がいないなー」

 踏まれた。激しく踏まれた。なんで後退するんだ。しかし、バレてはいないようだぞ。よし、このまま……

「このへんだと思うんだけどなー」

「ぐえ! ぐえ! ちょ、ちょっと、やめて!」

 思いっきり足で踏まれた。まるで見えているように、こう、女王様が下僕を蹴り倒すかのような勢いで蹴られ、踏まれた。しかし、感触はもうバレてしまったとしても、見えていないはずだ。こっそり逃げよう。

「ぐえ!」

 くいを差すように腹を踏まれた。痛いです。あ、でもまたパンツ見えた。

「英一、何をやっていたのかなぁ」

「な、何も、ちょっとこけちゃって」

「ふうん。ほふく前進して、あたしの後ろに忍び寄って、パンツ覗いてたんじゃないんだ」

「な、何故それを!」

 にやりとするハジメの顔には、眼鏡がかけられていた。まるぶちの眼鏡。いかにも眼鏡って感じだ。


    ■発明ナンバー103 ミ・エール

 発明ナンバー102とペアで使う物。眼鏡の形状をしている。この眼鏡は『インビジブ粒』で透明になった人間を見ることが出来る。ハジメが透明になった人間の経過を観察するために使う。


「な、なんだその眼鏡! ずりーだろ!」

「透明になって人のパンツタダで覗くほうがよっぽどずるい」

「男の浪漫を!」

「こうやって、あたしに足蹴にされるのも男の浪漫なんだろー」

「ち、違うわ」

「早く目覚めればいいのにね」

「な、何にだ」

「マゾヒズムかな」

「め、目覚めないよ!」

「そうかな。あたしは目覚めると思うよ、英一は十年に一人の逸材だ」

「野球漫画みたいに言うな」

「英一の後ろにでっかいマゾヒストが見える」

「だ、誰だよ! いないよ! 怖い事言うなよ」

「そっち系のいいお店紹介しようか。40分で1万2000円なんだけど」

「な、なんかリアルな金額やめて!」

「うん、まぁ、それは置いといて……」

 ハジメは眼鏡をかけたりはずしたりして、こちらの方を見ている。何かを確認しているようだ。

「確かに肉眼では見えないなぁ、成功かな。あたしは凄いなぁ」

「自画自賛かよ」

「いや、もちろん、英一には感謝してるよ。アレとアレを混ぜてつくったのに、よくぞ無事で」

「え、何、何混ざってんの?」

「よし、とにかく、発明品の具合を確かめにいこー」

 ハジメはにっこりとして、眼鏡をかけなおし、ポーズを決めた後、僕の腕を掴んでどこかへと歩き出した。



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