―第5章― 千夏が3月を生き永らえる為の隼人達の「捜索」
千夏に死神の件を話した後日、俺達は近所の公園に集まった。
死神の言葉通り、あの世に行ってミッションを達成するためだ。
手の中にある鏡を見つめる。
此の世のどんな色にも当てはまらない不気味な色をしている。
これを開いて、一呼吸吸うとあの世にひとっ飛びらしいが、ただの不気味なガラクタというだけで、そんな芸当ができそうなものには見えない。
「まあ、やってみるしかないよな」
覚悟を決めて、鏡をパカっと開いた。
世界が、ざざっと色を失う。
あらゆる色素が混ざり合った風が身体を包み、左右から押し潰されるような圧力がかかる。
歯を食い縛り、目を閉じた。
気づくと、地面が舗装されていない土の道路に変わっていた。
道に横たわった自分の服は泥だらけで、周りに倒れている4人も服が汚れている。
「来たか」
野太い声に顔を上げると、そこには真っ黒なマントを羽織った人物が立っていた。
耳はエルフのように尖り、全身に張り付くような筋肉を纏う。
「誰だ?」
その人物は「やれやれ」と肩をすくめ、白けた息を吐く。
「姿が変わっただけで分からないのかよ。死神だよ」
確かに声は同じだった。
これが本来の死神の姿なのか。
案外、威厳のない姿なんだな。
そう思った時、想空の好奇心旺盛が決壊した。
「どうやって姿は変わるの?自分の意思、それとも勝手に変わるものなの?何で死神なのに、千夏を助けたの?死神はどうして存在するの?」
沸騰したお湯のように、絶え間なく疑問の泡を投げつける。
死神はまた唖然とした目で想空を見つめる。
「そうですよ。ミッションを解くためにもこっちの世界の諸知識くらい教えて下さい」
想空の勢いに便乗して、俺も言った。
「知らない方がいい。死んだ後のことなんて知る必要がない」
しかし、死神は無表情のままそう告げた。
「そんなことはない。未知だから怖い。知らない方がいいかは、知ってから決めるんだ」
想空が珍しく声を荒げる。
想空の怒った顔を見るのは初めてだった。
死神はしばらく黙り、溜息をついた。
「分かったよ。ある程度のことは説明するから部屋に入れ」
死神の態度は下界で会った時よりも、首相らしく柔らかく映った。
周りを気遣うような素振りを見ても、やはりここの住民への世間体を気にしているのだろうか。
死神に促されて、入った部屋は真っ暗だった。
「暗すぎたか。死者は夜目が効くんだよ」
そう言いながら、提灯に火をつける。
赤い炎が風に微かに揺らされながら、仄かに室内を明るくしていく。
その光がキラッと目の中に反射した。
「じゃあ、この世界について簡単に説明するから、ちゃんと聞いとけよ」
机に置いてあったクリップボードを掴んで、新しく来た死者用へのプリントを渡してきた。
世界の理
・死者は死者の世界へ行き、その中から輪廻転生者が下界へ移る。
・死者の世界では下界での死を回復することなく2度経験すると魂が消滅し、それ以外のダメージは睡眠で回復できる。
・死者は生前の記憶を持つが、生者は前世の記憶を失う。
マーカーで重要な部分に線が引かれていて、とても分かりやすく纏っている。
死神はもっと人を弄ぶような趣味の悪い存在だと思っていたから、実用的な能力も持っていて、しっかりと情報を教えてくれるのは意外だった。
「それと、死神と言っても、現世で考えられているような死神ではない。死者をこっちに運ぶこととこっちの世界の政治全般を行う役職だ。過信されても困る」
説明の最後に、そう付け加えて死神は俺達に挑戦的な眼差しを向けた。
「で、ミッションだが、輪廻転生室の鍵を見つけてもらおうかな」
言い返す間もなく、俺達は部屋から追い出された。
「まったく、地図もないのにどうやって探せって言うんだよ」
飛鷹がそう苛立ちを零す。
辺りを見回すが、地図が描かれた掲示板のようなものはない。
「ま、やるしかないだろ」
やる気を失くしている飛鷹の肩を叩く。
「街の人に地図が貰えるか聞いてみる?」
鈴がどこか遠慮がちに言った。
「そうだな。行ってみるか」
ゆっくりと立ち上がり、街の方へ歩き出した。
周囲の景色は鮮やかで、人々の生活音が響いていた。
「すみません。ここら辺の地図を貸してもらうことって出来ますか?」
小早川と書かれた家のドアを叩くと、眼鏡をかけた賢そうな男性が出てきた。
事情を話すと、無言で家の中に入れてくれた。
中央の大切そうに掛けられていた季節外れのコートが目に留まる。
死神の家とは正反対で、机の上にすら物がないほど綺麗に片付いた部屋。
しばらく待つと、使い込まれてシワシワになっている地図を渡された。
「あげるよ」
「現在地がここだよな。順番に探しに行くか」
道端やお店の中、病院、この街のシンボルと言われた城遺跡などダンゴムシのように小さく蹲ってくまなく探す。
だが、こんなに大きな街でそう簡単に見つかるはずもなく、苛立ちが混じっていく。
「死神がうっかり落としただけだろ。なんで、俺らが探さなきゃなんないんだよ」
「ま、まあまあ」
文句を言う飛鷹を宥めながら、一生懸命に探す鈴のお陰で、飛鷹の怒りも頂点に達することはなかったが、何の手掛かりも見つかることはなく、今日の捜索は終わりを迎えた。
放課後に5人で集まって探したり、空いた時間に1人で探しに行ったりと、忙しい時間の合間を縫って探すが、何の手掛かりも掴めず、今日の3月29日を迎えている。
あと2日。
このままミッションを一個も達成できずに、千夏を失ってしまうのか。
耳の先から背中まで沸々とした焦燥感が走っていく。
こんなふざけたお遊びで。
おかしいだろ。
そう思っても、どうすることもできない。
本来、千夏を失っていただろう俺達には、ミッションを成功させるしか千夏を守る道はない。
知っていたはずだった。
だけど、失敗する未来が寸前まで迫ってきている状態とその可能性があると捉えている状態では全然違う。
どうしようもない怒りに似た熱い何かが湧き出てくる。
敵わない相手に木っ端微塵に潰されている時のような憎らしさ。
それに対してどうもできないことに対する憎らしさが。




