―第4章― 千夏と好奇心を共有したい欲望の為の想空の「失言」
昨日、僕は死神を見た。
千夏を救ってくれるという風変わりな死神を。
黒い靄に包まれて、背景との境界線がなかった。
視界を覆うほどいっぱいに大きく広がったと思えば、次の瞬間には霧のように消える。
そして、その死神が発した声はSF映画の魔女の声に似て、おどろおどろしく震えていた。
僕はずっと、死神を架空の存在だと認識していた。
それは死とは何の力にも影響されない自然現象で、人の意志ではどうにもならないと学んだから。
死が仕組みであるなら、死神という人為的な要因は存在しないはずだ。
そう信じていた。
けれど、昨日、僕は確かに死神を見た。
という事は、この仮説は間違っていた。
死は、ただのメカニズムではないのかもしれない。
一体どんな説明がつくのだろう。
どんな理屈なら、この現象を説明できるのだろう。
昨日から数えきれないほどの疑問が次々と脳に湧き上がり、僕は千夏と議論を早く交わしたくてたまらなかった。
僕の好奇心旺盛に対して邪魔くさい反応をせずに、「面白い」と笑ってくれる千夏と。
翌日、僕達は誰に呼ばれた訳でもないのに千夏の病室に集まっていた。
病室の中心にいる千夏は昨日の死の気配が嘘のように血色よく口元が解けていた。
無垢で、純真な笑顔。
その笑顔を見るだけで、胸がじんわりと温かくなる。
だけど、誰も死神の事を話題に出そうとしない。
いつも通りの当たり障りのない話をして、微笑んでいるだけ。
何故。
あんなにも不思議で説明のつかない現象を目にしたのに。
千夏なら、絶対に興味を持ってくれるのに。
「ねえ、千夏。昨日ね、死神を見たんだよ」
勢いのまま口にした瞬間、飛鷹の鋭い睨みが突き刺さり、声が掠れた。
他のみんなの表情も一気に硬直する。
「えっと、見間違えじゃないのかな」
鈴が作り笑いを浮かべる。
違う。
見間違えじゃない。
僕達5人は確かに見た。
死神から貰ったあの鏡だってここにある。
「みんなも見たじゃん」
そう訴えかけても、いつも援護してくれる隼人でさえ「今はそんな事はいいから」と、僕を制する。
言ってはいけない事なのか。
僕はまた空気を読めなかったのか。
疎外感に包まれて、息が詰まる。
「何があったの。説明して」
千夏が不安そうな眼差しを向けた。
窺うような、恐れるような戸惑いの瞳の中には強い芯がある。
みんなが顔を見合わせて、様子を窺い合う。
「分かったよ。受けた俺が説明するよ」
飛鷹が深く息を吐き、言葉を紡いだ。
「千夏の寿命と引き換えに俺達が死神からのミッションを受ける事にした」
伝えてしまった僕の方を睨んだまま、淡々と。
「死神」
千夏がその言葉を噛み締めるように繰り返す。
「ああ。あの日、千夏が死亡宣告された後に死神が現れて、ミッションを成功させたら、千夏の寿命を1ヶ月ずつくれるって言ったんだ。まだミッションの内容は知らされていない」
隼人がゆっくりと説明を続ける。
「そっか。私が生き返ったのは奇跡じゃなかったんだね」
視線を落として、消え入りそうな声で漏らす。
「それで、どうするの?」
声が微かに震えていた。
「そりゃ、受けるだろ」
飛鷹が目の下を膨らませて、口角を上げた。
強がりのような覚悟の笑み。
「そっか」
千夏は布団をぎゅっと握りしめて、澄んだ表情を浮かべる。
「それは正常な感情だよ。みんな未知は怖い」
千夏が落ち込まないように、少しでも安心するようにそれでいいんだって、大丈夫だって思えるように。
僕に千夏が思わせてくれたように。
「そうだな。千夏は心配しなくて大丈夫だから」
隼人が張り詰めた空気を解きほぐすように囁く。
「ありがとう。だけど、これからは秘密にはしないでね。知らないまま重荷を背負われていたくはないから」
握り合った千夏の手は刹那に温かった。




