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―第1章― 千夏を失わない為の飛鷹の「決断」

 空が光った。

 世界が一瞬だけ呼吸を止め、地面が低く唸る。

 桜の纏う爽やかな風も金色の光に照らされて、異質な色を帯びていく。


「…3月23日午前10時32分。死亡、確認しました」

 担当医の声は震えていた。

 その言葉が、病室の空気を決定的に変えた。

 千夏が、死んだ。


「嘘だろ…」

 飛鷹迅が千夏の真横で唇を噛んで、拳を握りしめる。

 短気で強がりで、仲間思いの彼は声も出せず、その場に立ち尽くす。

 その横の鈴木隼人は冷静を装いながらも、僅かに肩が揺れていた。

 責任感の強い彼はずっと自分を責めていた。

 穂積鈴は泣きそうな顔で千夏の手を握り、震える手で何度も名前を呼ぶ。

 自分の意志よりもその場に合わせてしまう、そんな優しい少女。

 千夏から一番離れた位置にいる森田理恵は静かに俯く。

 人より賢い割に不器用で、今、この場所ですら悲しみを麻痺させようと心を無にして床だけを見つめている。

 遊馬想空、彼だけが震えながら千夏の顔をじっと見ていた。

 好奇心旺盛な彼は死という現象すら理解しようとしているようだった。


 行かないでくれ。

 そんな願いは、喉の奥でひび割れて消える。

 覚悟していたはずだった。

 余命宣告を聞いたあの日から、何度も心の準備をしていたはずだった。

 分かっていたはずなのに、受け止められない。

 嫌だ。

 行かないでくれ。


 その瞬間。

 世界が、本当に止まった。


 俺達6人以外の全てが黒く縁取られ、俺達だけが白く浮かび上がる。

 空を裂くような光が窓を透過して差し込み、千夏の胸元に突き刺さった。

 その光の上に、黒い靄に包まれた、何か、が立っていた。

 音もなく、ただ正面に。

 存在そのものが不気味で、吐き気を催すほど異質。

「今日はコイツか」

 どす黒い声が耳ではなく骨に直接響く。

 そいつは千夏の額に手をかざし、値踏みするように覗き込む。

 やめろ。

 何をするんだ。

 千夏の魂を持っていくな。

 叫びたいのに、声が出ない。

 足が動かない。

 恐怖に縫い付けられたように、ただ見ていることしかできない。


 そいつはゆっくりとこちらを向き、口角を目の真下までくっきりと上げて、ニヤついた。

 気持ちの悪さに吐き気が走る。

「お前らが俺の言うミッションを成功させたら、コイツに寿命を1ヶ月ずつくれてやろうか」

 耳の奥を汚すような、ねっとりとした声。

 それでも、飛鷹迅は答えていた。

「…お願いします」


 その瞬間、世界が再び動き出す。

 色が戻り、音が戻り、時間が流れ始める。


 千夏はむくりと上体を起こした。

 奇跡だと泣き崩れる千夏の母親の声が遠くに響くが、俺達はただ呆然と立ち尽くしていた。

 あれは何だったのか。

 死神、なのか。

 そして。

 俺達は、何を代償にしてしまったのか。

 その答えを知るのは、もう少し先。


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