幸せになるための散歩道
今日も体が重く感じる。カイは朝の公園のベンチに酸欠状態の全身を寄りかからせる。
自宅から公園まで息切れしながら20分かけて歩いてきた。2年前なら5分程度で辿り着いた距離だ。
登校中の学生たちが可能性を爆発させて騒いでいる。仲睦まじそうな中流階級の夫婦、王都へ急ぐ労働階級の人々、今のカイには眩しすぎる
あの痣が無ければ。独り言ちる。
2年前に突如現れた腹部の痣はカイの体を瞬く間に蝕み、体から生気が漏れ出てしまう。20代の若々しい体から筋肉が落ち、ギルド事務所の仕事は休むことになった。
医者は病気ではなく不治の呪いだと診断した。周囲に影響する呪いではないが、カイは弱り切った姿を見せることを恐れて、友人や仕事仲間との交流を避けた。
鼻先に、何かの呼吸を感じて我に返る。
目の前にリードに繋がれた中型犬がいた。上目づかいで口を開けて笑うようにこちらを見つめる。
「ルーク!彼を驚かせてはいけないよ」
ルークと呼ばれた犬は声の方向に顔を向け、クゥーとか細い声で応える。
「すまないね。普段は僕から近づかないのだが」
飼い主の女性は長身で健康的な美しさを持つ人だ。
女性はルークをカイから離そうとするが、ルークは動こうとしない。
「ご一緒してもよろしいですか。この子はルーク。君を気に入ったようだ」
どうぞと答えようとして声がかすれてしまう。
「嫌でなければ撫でてやってください」
カイが恐る恐るルークの胸を撫でると気持ちよさそうに目を細める。
「お疲れのようだ。具合でも悪いのですか」
「えぇ、呪いのせいです。周囲に悪影響はありませんが」
「そうですか。お仕事はお休みを?」
「はい。体力が落ちてしまい仕事もできず、情けない姿を見せたくないので学友や職場仲間とも最近は疎遠です」
「それは、辛いですね」
「なぜ僕なのでしょう。学友は結婚して子供が生まれ、能力を認められて活躍し、諸国を旅する者がいる。皆の人生が輝く中で僕には何もない。呪いのせいで普通の幸せすら手にできないのか!」
抑え込んでいた弱音が零れる、ルークと女性の前では不思議と話せてしまう。
ルークがカイの手を舐める。
「ありがとう。いい会話だった」
女性は腕時計を確認して立ち会がる。
「この時間にルークを散歩させていることが多いから。また遊んでくれると嬉しいな」
ルークはまた遊んで!と言うように見つめる。
誰かに必要とされている。そんなことは久しぶりだ。
カイの全身の血管に熱が帯びていった。
数多くの作品の中から読んでいただきありがとうございます。
理不尽なことで苦しむ人の心情と、一歩踏み出すきっかけを描きたいと思い書き進めました。