日本最高峰の料亭でバイトすることになった話――6
ひらひらと手を振って、厳さんが戻っていった。残された俺は立ち尽くすことしかできない。
そんな俺に、柔和な顔つきのまま高峰さんが促す。
「では、お上がりください」
「へ? 上がる?」
「はい。遠慮なんてしなくていいですよ」
「じゃ、じゃあ、お邪魔します?」
あまりにも自然に誘われるものだから、俺はつい頷いてしまった。
敷居をまたぎ、靴を脱いで、玄関から上がる。
「さあ、こちらへ」
「あ、ああ」
どこかに案内したいのか、高峰さんが歩き出した。
質問するタイミングを失ってしまった俺は、疑問をまったく解けないまま、高峰さんについていく。
廊下を進み、階段を上る。
「お仕事、おつかれさまです。どうでしたか?」
「ミスすることはなかったし、これからもやっていけると思うよ」
「ふふっ。それはよかったです」
雑談を交えながらさらに進み――ひとつのドアの前で、高峰さんが立ち止まった。
高峰さんがドアを開ける。
そこは広めの洋間だった。なぜだかわからないが、室内にはたくさんの段ボールが置かれている。
「この段ボールは?」
「業者さんたちが運んでくれたんです」
段ボールの群れを指さしながら訊く俺に、高峰さんが和やかに答えた。
業者さん? 通販でもしたのかな? いや、それにしては数が多すぎるような……。
違和感を覚えた俺は、顎に指を当て、考えを巡らせる。
「うーん……」とうなっていると、高峰さんがくるりと振り返った。
「どうでしょうか? こちらのお部屋」
唐突で、意図も不明な質問。
どう答えるのが正解かわからなかった俺は、当たり障りのない感想を返す。
「い、いい部屋だと思うよ?」
「気に入っていただけたのなら、なによりです」
失言にならないかハラハラしていたが、高峰さんは満足そうにニッコリと笑った。
俺はホッと胸を撫で下ろす。
高峰さんが続けた。
「なにしろ、これから神田くんが過ごされるお部屋ですからね」
「……は?」
聞き捨てならない言葉だった。慌てて高峰さんに尋ねる。
「ま、待って、高峰さん。これからこの部屋で過ごすって、どういうこと? どうしてそうなるの?」
「だって、神田くんは今日から、わたしたちと一緒に暮らすじゃないですか」
「は……はあぁああああああああああ!?」
衝撃的な言葉を当たり前のように口にする高峰さん。
なにも知らされていなかった俺は、目をかっぴらいて叫んだ。
「俺が!? 高峰さんたちと!? 一緒に暮らす!?」
「はい。『はな森』でのバイトは住み込みですから」
「そんなの聞いてないんだけど!?」
「えっ? け、けど、神田くんは承諾してくださったんですよね? だから、ここにいらしたんですよね?」
俺が詰め寄ると、高峰さんはわたわたと慌てふためいた。
おかしい。高峰さんと話が噛み合わない。どういうわけか、俺だけでなく高峰さんまでもが混乱している。
眉をひそめ、頭を捻る。
どういうわけだ? 高峰さんも状況をつかめていないのか? まるで、正確な情報が共有されていないみたいに――
――待てよ?
ふと、ひとつの可能性に思い至った。
『はな森』からのお願いを俺に伝えたのは母さん。
俺が話を引き受けることを、『はな森』に伝えたのも母さん。
母さんは、俺と『はな森』とのやり取りを、常に仲介していた。
だとしたら――
母さんが犯人かあぁああああああああ!!