夢みたいだけど心臓に悪い状況――2
ふたりで俺の部屋に向かい、課題に取りかかる。
彩芽が丁寧に教えてくれたおかげで、スタートから二時間で六割ほど終わらせることができた。
順調に進んでいるが、根を詰めすぎるのはよくない。お茶とお茶菓子で一服することにして、俺と彩芽は談笑していた。
「本当にありがとう。彩芽が手伝ってくれたから、なんとか今日中に終わらせられそうだよ」
「お役に立ててよかったです」
感謝を伝えると、彩芽が菩薩みたいに微笑む。
「これからも、困ったことがありましたら、いくらでも頼ってくださいね」
「もしかして、彩芽って女神だったりする?」
「ふふっ、大袈裟ですよ」
俺の言葉を冗談と捉えたのか、彩芽が笑みをこぼす。けど、俺は割と本気だった。彩芽から後光が差しているようにすら見える。
地獄に仏とはこのことだよ。ありがたや、ありがたや。
心のなかで拝んでいると、彩芽が推し棚を見やった。
「可愛らしい女の子がたくさん並んでいますけど、あれらはなんですか?」
「フィギュア、アクリルスタンド、ぬいとかだね。ピンバッジやトレカもあるよ」
「は、はぁ……なるほど?」
いまいちピンと来ていないのか、彩芽が曖昧に相槌を打つ。
「俺、マンガとかゲームとかVTuberとかが好きで、ああいうグッズを集めているんだ」
「そうなんですね。近くで拝見しても大丈夫ですか?」
「もちろん!」
コレクションを披露できるのが嬉しくて、俺は一も二もなく頷く。
立ち上がった彩芽が推し棚に近寄り、しげしげと眺める。興味深げに鑑賞したのち、彩芽の視線は隣にある本棚に移った。
マンガの背表紙をじぃっと見つめる彩芽に、俺は訊く。
「読みたい作品でもあった?」
「読みたいというか、気になったんです。わたし、マンガを読んだことがほとんどないので」
「そうなんだ! 珍しいね!」
「小説は好きなんですけどね」
彩芽が振り返り、苦笑した。
たしかに、彩芽の部屋の本棚にはたくさんの小説が並んでいたけれど、マンガは一冊もなかった。先ほど推し棚のグッズについて説明したときも、ピンと来ていなかったみたいだし、彩芽はオタク文化に疎いのかもしれない。
俺と同世代なのに、ちっとも二次元に触れていないなんて……彩芽って、本当にお嬢様なんだなあ。『お嬢様』のイメージに偏見があるかもしれないけど。
驚きと同時に、ある種の感動を覚える。
そんななか、彩芽の視線は再びマンガに注がれていた。相当興味を引かれたようだ。
「あの、哲くん?」
「ん? なに?」
期待と緊張が混じったような目で、彩芽がこちらをうかがってくる。
「ほとんど読んだことがないわたしでも、マンガを楽しめるでしょうか?」
ピコン! と、頭のなかでランプが灯った。
布教チャンス、きちゃあぁああああああああ!!
自分の好きなものを勧めたい。自分の好きなものを広めたい。そう望むのは、オタクの性だ。
マンガを好きになってくれたら、彩芽と語り合えるようになるかもしれない。想像しただけでワクワクする。是非とも好きになってほしい。
想像が現実になるのを期待して、コクコクと何度も頷く。
「もちろん! きっと楽しめるよ!」
「でしたら、まずはどんな作品を読めばいいでしょうか?」
小首を傾げ、彩芽が尋ねてきた。
この回答は重要だ。ここで勧めた作品を気に入ってもらえるかどうかで、彩芽を同志に引き込めるかが決まる。