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神を狩る  作者: アキナカ
もう一人の狩人
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もう一人の狩人④

「これ! このへこんだ穴、追っている獲物の足跡でしょう?」


 街からそう離れていない森の中で、アゲハと俺は獲物を追跡する訓練を行っていた。訓練とはいえ、追跡自体は本番と変わらない。神獣の足跡を追い、森を進んでいた。しかし…。


「それは単なる水たまり」

「ぐぬぬ……」


 どうにも、アゲハはこういう細かい観察力を必要とする分野は苦手なようだ。先ほどから何度も痕跡の追跡をしくじっては、少し前の場所まで戻ることを繰り返している。


「うう…なんか地味」


 華々しい活躍は《狩人》の活動のほんの一部。狩りとは地道な下準備の積み重ねであって、実際に獲物と対峙するのは最後の最後だ。

 まあ、そんなことを直接教えても聞かないだろう。じょじょに知っていけばいい。


「あ!」


 失敗を繰り返しながら追跡を続けるなかで、見つけたのは異臭を放つ巨大な土色の塊。つまり獲物の糞だ。


「臭い…」


 鼻をつまみ、顔を歪ませるアゲハ。

 俺はそれに構わずに、糞をひとつまみして手のひらに乗せる。そしてその糞を口に含み、吐き出す。


「え、ええぇ…!? ウンコ食べてるぅぅ!?」

「ウンコとか言わない」


 糞というのは《狩人》にとっては情報の宝庫だ。獲物の健康状態や食性などがまとめて分かる。

 とくにその獲物が何を食べているかを知ることは重要だ。小型の神獣を生け捕りにして罠として利用したり、あるいは毒を仕込んでおくこともできる。

 

「…私も食べなきゃダメですか?」


 そう聞いてくるアゲハは涙目だ。覚悟を決めたような顔で糞の前に立ち、手を伸ばしている。


「まあ、どっちにしろまだ匂いを嗅ぎ分けるのは無理なので。無理しなくていいですよ」


 心底ほっとした顔で、手を引っ込めるアゲハ。いずれは汚物や死体にも慣れる必要はあるのだけれど…今はとりあえずいいだろう。


 再び痕跡を追い、進むこと数刻。ついに獲物の姿を遠目に捉えた。アゲハも、持参した遠眼鏡で獲物の姿を確認したようだ。


「あれが…」


 その獲物は、中型の四足歩行の神獣だった。鋭い牙を生やしており、気性は荒い。そしてその神授(ギフト)は――。


「あれはリスト入りしている神獣です。神授(ギフト)も判明している」

「へえ、どんな?」

「教えられません」

「ええ!? なんで?」

「それが新人の《狩人》のルールなので」


 新人の《狩人》――正確には《狩人》候補は、ギルドの所有する神獣のリストを参照することを許されていない。

 つまり、自分で調べた情報のみで、神獣に挑む必要がある。この一見過酷にも見えるルールは、いずれ必ずくるであろう未知の神獣の狩りに備え、観察力と対応力を試す意味合いが強い。

 このていどで死ぬのであれば、そもそも《狩人》になるべきではない、というのがギルドの考え方だ。


「分かりました。それじゃあ、行ってきます」

「待った待った」


 勇んで獲物に突っ込もうとするアゲハの首ねっこをつかみ、制止する。話を聞かない娘だよ本当に。


「何するんですか!」

「いやいや、来たとき初めに言ったでしょ? 今日は狩るわけじゃないって」

「あ、ああ。そうでした」


 流石にまだアゲハは新人とも言えない状態だ。いきなり獲物を狩るのは自殺行為だろう。今日はあくまで実地訓練。ということで…。


「じゃあ、これを」


 取り出したるは、鋼鉄を編み込んだロープ。


「これは…って重!!!!!!」


 当然、その重量はものすごい。《狩人》でなければ持ち運ぶことも不可能だろう。だが、これくらい重厚な作りでなければ役には立たない。


「何に使うんですか? これ」

「罠です」


 この鋼鉄のロープを使って、くくり罠を作る。罠の構造自体は単純だ。そこを通った獲物の首や手足を縛るように設置すればいいだけ。問題はその設置場所。獲物の行動ルートを正しく読んで設置しなければ意味がない。


「設置場所の選定も設置も、いくら時間をかけても構いません。自分が効果があると思う場所を見つけて、設置すること」

「分かりました!」


 これは時間のかかる作業だ。獲物の行動ルートを見極めるのは、積み重ねた経験と勘が必要になる。俺も長丁場を覚悟して休める場所を探そうとしたが…アゲハは迷いなく一本の大木に近づいていき、そこにロープをかけた。


「ちょっとアゲハさん? もうちょい考えて罠を設置したほうが…」

「いえ、ここで大丈夫です。視えたので」


 視えた、というのはつまりそういうことか? いや、しかし未来視できるのはほんの数秒ていどだったはずだが……。


「ぶぉぉぉぉぉ!!!」


 そう考えていたら、獲物が突然咆哮を上げた。そしてその視線の先には、アゲハがロープをかけている大木がある。

 まずい! どうやらあの大木は、あの神獣の巣だ。寝床を荒らされると思って、怒り狂っている。


「逃げろ! アゲハ!」


 大声でアゲハに逃げるよう指示するが、彼女に動く様子はない。聞こえていないのか?


「ああ、クソ!」


 俺は慌てて弓に矢を番えようとする。しかしそのとき――。


「大丈夫です。手を出さないで」


 アゲハの凛とした声が周囲に響いた。ロープを構えた状態で、獲物をしっかりと見据えている。


「ブアアアアアア!!!!」


 獲物が勢いをつけて大木へと突っ込む。

 それを見たアゲハは、ロープを大木の枝のひとつに放り投げた。そしてそのロープにつかまり、大木を駆け上がり、枝の上に乗った。乗ると同時に、幹にロープの端をくくりつける。ロープを固定するのが目的だろう。


 そしてなおも勢いをつけて突進してくる獲物の進行方向に向かって、輪っかを作ったロープを垂らす。くくり罠にするつもりか。


「グギャア!!!!」


 その予想通り、獲物はロープに首をくくられ、悶絶する。しかし、力任せの突進は大木を大きく揺らし、そのせいでアゲハは枝の上から落ちてしまった。


「わぁ!!」


 悲鳴を上げて落下するアゲハ。いよいよ危険だろう。そう思って弓を構えたが、それより早く――体勢を立て直したアゲハが、弓を構えていた。

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