もう一人の狩人②
帰還から一週間。傷はほぼ回復した。我ながらたいした回復力だ。
以前よりも傷の回復が早いのは、高ランクの神獣から神気を取り入れた影響もあるのかもしれない。
ようやく動けるようになったということで、診療所から追い出された俺。怪我を理由にしばらくのんびりしようかと思っていたが、医者の目はごまかせなかったらしい。
そして今、ついに我がギルド《モノコリ》の前に立っている。
ギルドの中に入るのに抵抗があるのは…やはり結果的には任務に失敗したからだ。報酬が得られない以上、家賃のツケを返すアテもない。何かいい言い訳はないものか。
「いいらっしゃいませぇぇぇぇぇいい!!」
そう思案に耽っていると、なにやらギルドの中から奇声が聞こえてくる。なんだか、聞き覚えがあるような……。
恐る恐る扉を開けると、そこには見覚えのある顔があった。
「はぁいヨロコンデェー!!!!!」
凄まじい気迫で接客を行う細身の老人。そのしわくちゃの顔と声には覚えがある。
「何やってんの? ゴンゾウじいさん」
「おお、小僧か!」
ゴンゾウじいさんはエプロン姿でウェイターをしている。今日は珍しく客が多いらしく、俺のほうを見ながらも忙しそうに給仕を続けている。
「あざざっしたぁぁぁ!!」
よく分からない奇声を上げるゴンゾウじいさん。どこで覚えたのそれ。
しかし、ゴンゾウじいさんのウェイター姿は意外と様になっているようだ。流石はウィグリッド家で使用人を務めていただけのことはある。
しばらくゴンゾウじいさんの仕事ぶりを見守る。昼時が過ぎると流石に客も減ったようで、ゴンゾウじいさんも手が空いたみたいだ。
「じいさん? ちょっと聞きたいことが…」
「ん? いや待て、まずは夕方の分の仕込みを済まさなくてはな!」
えぇ…仕込みまでやってんの?
テキパキとした仕草で肉や魚を捌くゴンゾウじいさん。やはりそこは元《狩人》。慣れたものだ。
「あんたの知り合いでしょ? あのじいさん」
カウンターから顔を出したのは、久しぶりのユーリさんだった。ゴンゾウじいさんの働きぶりのおかげで、少しヒマそうにしている。
「数日前にウチに押しかけてきてね。私はあの少年に恩があります。ここで働くことでその恩を少しでも返していきたい、とかで」
「恩? 心あたりがないんですが」
つまりこの状況は、俺への恩返しのつもりか?
「それもあるがな。恩を受けるのは、これからよ」
気付くと、ゴンゾウじいさんが俺の背後に立っていた。
「これからって…何です?」
「お前にこれから、お嬢様が受ける恩だ。それはワシが受ける恩でもある」
ああ、なるほど。そういうことね。
「でも、いいんです? ウィグリッド家の使用人からこのギルドの下働きって…金銭的な意味で」
「構わんさ。元よりウィグリッド…メイヤーのやり口には辟易していたところだ。それにワシが仕えるのはヤツではなく、お嬢様だ」
どうも、善意を盾に無料同然で働かされるような気がしているが…まあ本人がいいならいいか。
「情報を独占するだけならまだいい。それより問題なのは神憑きの秘匿と独占だ。それはつまり…」
「回帰派と両天秤にかけてる?」
「だろうな」
回帰派にとって、自分たちの思想の象徴となり得る神憑きは是が非でも確保したい存在だろう。
つまりその神憑きを手元に置いておけば、もし天地がひっくり返り、回帰派が主流派になったとしても主導権をにぎることができる。
別に嫌悪感は湧かない。《狩人》には《狩人》の、商人には商人の考え方というものがある。ただ、それだけだ。
「でもそれじゃあ、姫サマはウィグリッドにとって貴重な存在でしょう。縁を切れるとはとても…」
「それに関しては問題ない。メイヤーは対価を必ず支払う」
対価とはつまり、《原初の獣》と古都イーディスの情報のことだろう。それと引き換えに、姫サマの判断を尊重する約束を取り付けたらしい。
「だから、だ」
ゴンゾウじいさんは、改めてこちらを向き直し、深く頭を下げた。
「お嬢様を、よろしく頼む」
ずいぶん重い期待だが、まあこれも成り行きだ。おれはそれに、ただ軽くうなずいて応えた。




