一振りの勇気③
「借りるぜ…ジョルジュ!」
“卵”を地面に叩きつけ、煙が上がる。気絶したジョルジュから拝借してきたお手製の妨害煙幕だ。視界と動きを封じるのに役立つ。
「《蜃気楼の槍》!」
生み出す分身は二体。煙幕にひるんでいるスキを突き、まずは一頭目の喉を突く。分身たちもまた同時に一頭ずつ仕留めた。
群れの先駆けが倒されれば群れ全体がしり込みするのが普通だが、どうもこの群れにその様子はない。やはり、血に狂っているのだろう。
「フシュルルル」
遠目に見えた神獣数体の角が蒼く輝く。見たことのない個体だが、あれらはどうやら同種だ。連携を警戒すべきだと思ったそのとき――構えるよりも先に、複数体が同時に突撃してきた。
距離は十分に空いていたはずなのに、もう目の前にいる。素早い、というわけでもなさそうだ。俺はその突撃を間一髪で受け止める。避けるわけにはいかない。後ろには姫サマがいる。
「こ…の!!!」
複数体が連携して同時に襲い掛かってくる。同時ではなく、時間差で襲われていたら危なかったかもしれないが…何とかしのげた。
反撃しようと槍を振ると、すでにそこに群れはいない。遠くから、こちらの動きをうかがっている。
「なるほどね…」
あれが、あの神獣の神授か。
短距離ではあるが、瞬間移動をするらしい。血に狂っているにも関わらず、無意識の連携のとれた動きがやっかいな相手だ。
「それじゃあ…これだ」
右手に《蜃気楼の槍》、そして左手に構えたのは――。
「グワァウ!!!」
「姫サマ、俺の背中につかまって!」
またも、神獣の群れが襲い来る。
空間移動して、複数体が一瞬で間近に迫っていた。
「《重力の大剣》!」
しかし、そこまでだった。《重力の大剣》の神授によって神獣たちは重力に押しつぶされ、地面にめり込むとやがて動かなくなった。
「こりゃ…すっごいねえ」
使ってみると、改めて神授の強力さが分かる。
あのとき、《重力の大剣》を回収しておいて正解だった。いい狩猟武器だ。形見(無許可)として大切にしておこう。
次々と襲い来る群れを、《蜃気楼の槍》と《重力の大剣》の二刀流で撃退していく。十数頭を無力化したかと思ったところで、群れの様子に変化があった。
何かが、来る。
「こいつは…」
その二足歩行の神獣が出現した途端、周囲の神獣たちの空気が変わった。群れに緊張が走り、どこかその神獣に畏れを抱いているような態度で、一歩引く個体も多い。
「…まさかこいつが、《原初の獣》か?」
あのギガンテよりも一回りも二回りもでかい。長い手足と巨大な牙、そして何より目を引き、警戒すべきは周囲をほとばしるあの蒼い雷光だ。
伝説に語られている、《原初の獣》の神授とよく似ている。
「ブルルルルァァァァァ!!!!!!!!!!」
天地に轟くような、超巨大な咆哮。その迫力に、周囲の神獣たちもすっかり委縮してしまっている。
咆哮が止むと、獣はこちらを向く。俺たちを獲物と見定めたらしい。
「だったら…先手必勝!!」
俺は腰に付けた“とっておき”を獣に投げつける。シェロが置き土産としてキャンプに残しておいた、ミスリル爆弾だ。
ミスリル爆弾は、その名の通り着火剤としてミスリルを仕込んだ超強力な爆弾。火薬だけでなく、複数体の神獣の神授を仕込んでおり、その破壊力はケタ違い。
爆発には神気を流す必要があるので《狩人》以外には使用できない。
「姫サマ、伏せて!!」
周囲に大爆発が起こる。俺は姫サマを庇うように爆発に背を向ける。
爆発が終わり、大きく巻き起こった煙が晴れる。
本当に《原初の獣》であればこんなもので倒せるはずもないが…傷くらいは付けられるだろう。
「…あれ?」
と思っていたが、結果は意外だった。
獣は爆発をまともに食らい、腹に大きな穴を空けている。あれはどう見ても、致命傷だ。そのまま獣は、前のめりに倒れた。
巻き込まれた周囲の神獣たちも被害は甚大のようで、すでに多くが戦意を喪失している。なんて凶悪なもの持たせたんだシェロのヤツ…。
「ともあれ、だ」
あっけないけど、これで狩りは終わりだろう。だが…。
「これが…《原初の獣》ですか?」
「まだ近づかないように。調べてみます」
姫サマが不用意に近づこうとしたのを止める。すでに神獣は虫の息だが、万が一ということがある。
遠目から様子を観察していると、わずかな呼吸音も消え、神獣の動きは完全に止まった。
「これは、せいぜいC級…よくてB級ってとこでしょうかね」
本当に《原初の獣》であれば、こんな爆弾だけで倒せるはずがない。おそらく、この神獣を呼ぶ血の儀式が長い年月をかけて後世に伝わるうちに、《原初神話》と混ざったのだろう。
蓋を開けてみれば実にあっけない。やはり《原初の獣》はおとぎ話だったというわけだ。
よりくわしく観察しようと、獲物に近づく。
そこで角を見て、気づいた。この獲物はB級でも、ましてC級でもない。この角の輝きと神気の量は、明らかにA級のものだ。
ならなぜ――こんなあっけなく倒れた?
「違います…私の視た未来に写ったのはこの獣じゃない!」
どうやらその言葉は正しいようだ。
前のめりに倒れた獣を見て初めて気づいた。その背中に付けられた、深く長い、えぐられたような傷跡に。爆弾ではない。これこそが、この獣にとっての致命傷だ。
この獲物は、すでに致命傷を負った状態で逃げてきた。
ということは――コイツに致命傷を負わせた獲物が近くにいる。
その神獣は、音もなくいつの間にか、いた。
まるで、ずっと前からそこにいたかのように当たり前に佇んでいる。
先ほどの獲物よりもひとまわり小さい体躯ながら、ただそこにいるだけではるかに大きく見えた。顔には無数の斬り傷。
そしてその身体には――蒼く光る雷光がほとばしっている。
間違いない、こいつが…こいつこそが、《原初の獣》だ。




