アゲハ②
「おいアゲハ! 歩き回んじゃねえ! 髪が切れねえだろうが!」
私がこのコミュニティに拾われてから、どのくらい時間が経っただろうか。正確な時間など数えていなかったけど、多分数年は経っていたのだと思う。
マーガレットは「不便だから」という理由で私にアゲハという名を付けてくれた。黒髪だから、東方風の名前がしっくりくるということだ。
「ねえ、ウチ、外!」
私も大きくなって、わずかながら単語を話せるようになっていた。その代わり、それまで使っていた言葉が思い出せなくなってきている。
マーガレットは、みんなから「マーねえ」と呼ばれていた。私もそれにつられて「ねえ」と呼んでいたが、マーガレットはそれに文句をいうこともなかった。
私も子供たちも、いつも接する大人はほとんどマーガレットだけだ。マーガレットは私たちに教育らしい教育をしたわけではなかったし、特別やさしかったわけでもないが、いっしょにはいてくれた。
それだけで、私たちが「姉」と慕うには十分な理由だったのだろう。
「おい、マーガレット」
ある日、深刻な顔をした仲間のゴミ拾いが、私や子供たちのいるマーガレットの宿舎を訪れたことがあった。
「最近、周辺地域に《狩人》が来なくなった」
「神気がなくなる」
「俺たちでは神獣を狩れない」
「無茶でも狩る。犠牲者が出ても」
全部を聞き取れたわけではないが、話していたのは多分こんな内容だった。そのときを境に、マーガレットや大人たちの笑顔を見る機会が少なくなっていったように思う。
以前は大人たちが宿舎まで戦果を自慢気に見せに来たものだったが、最近は訪れることもない。たまに大人が訪れるといつもマーガレットと口喧嘩を始めるので、私たちは次第にそれに怯えるようになっていった。
宿舎の外で見かける大人たちも、だんだんと人数が減っていった。知っている人も、知らない人も。
「子供たちは後回しにするってのか!」
「仕方がないだろうが! 俺たちの分の神気だってもうないんだ!」
こう、マーガレットが仲間と口論してるのを聞いたことがある。
今ならその理由も推測できる。きっと、私たちの縄張りにしていた地域の《狩人》が、何らかの理由があって撤退したのだ。
ゴミ拾いは、《狩人》の獲物を横取りしなければ生きていくことはできない。だから、神気切れで次々に仲間が減っていった。その中には、コミュニティに見切りを付けて去っていったものもいるのだろうけど。
「痛い、痛いよ…」
私の周りの子供たちは、ロクに食糧も与えられなかった。マーガレットがわずかな自分の取り分を分けてくれたが、とてもじゃないが全員分は足りない。
次々に全身が獣化し、痛みを訴えてくる。痛みを訴えた数日後には、正気を失いどこかへ消えていったか…処分された。いよいよ、友達の大半がいなくなった。
私はそれに耐えきれず、このころ宿舎の外で過ごすことが多くなった。
「君は何ともないのかい?」
外で一人で遊ぶ私に声をかけたのは、リーダーだった。右手には、狩りの成果であろう小型の神獣の肉を持っている。
このコミュニティで唯一、わずかながら《狩人》適正を持っていたリーダーは、狩りで拠点を出ていることが多かった。会話をすること自体、久しぶりだ。
「ウチ、平気」
「へえ…そうか、君はそうだったな」
リーダーは、貴重なものを扱うように私の頭をなでた。
「いいかい? 誰が来ても、僕たち以外には絶対にその角は見せるな。君の安全のためだ。君がみんなの役に立つときがきっと来る」
その言葉の意味を知ったのは、それから数か月後のことだった。