虎穴に入る⑪
回帰派との戦いを終え、俺たちは街から遠く離れた森林にキャンプを張っていた。何重にも追手を確認したから、もう危険はないだろう。
俺が戦っている最中にジョルジュが地理院で見つけていたのは、姫サマが所持していたより正確な古地図とイーディス関連の書物。もうひとつ、サァミラから受け取った謎のメダリオンがアドンでの収穫だ。
今はキャンプで姫サマとジョルジュが古地図と書物を調べている。俺はキャンプの外で見張りと晩御飯のスープの調理をしながら、メダリオンをながめていた。
「これ、なんなんだろうなぁ…」
かれこれ半刻ほどはメダリオンとにらめっこしている。サァミラがわざわざ渡すくらいだ。何か古都につながる手掛かりなのだろうが……どの年代のものなのか、何のためのものなのかも分からない。
とはいえ、ここに描かれた人物と行動については予測が付く。このメダリオンに描かれた角の生えた人間は、おそらく“神憑き”だ。跪いて、何か液体のようなものを祭壇に捧げているように見える。
これは…つまり供物だろう。液体の正体も、まあ予測は付く。
「おい」
背後からジョルジュが話しかけてくる。番を交代する時間のようだ。姫サマはすでにテントで就寝中。
ジョルジュが非難めいた目をしながらスープを指さす。…しまった。集中してたらスープをかき混ぜすぎて、具が溶けてしまっている。
俺はスープを申し訳なさそうに器にすくうと、ジョルジュに手渡す。ジョルジュはそれに口を付けながら、焚火に当たる。
「これから、どうする」
「まあ、予定は変わりませんよ。イーディスの大体の位置は古地図と書物で分かったので、そこまで行って、できる限り手掛かりを探します。その結果を中央に報告して終わり。何も心配ない」
「その割には浮かねえ面だな」
しまった。心配事を見透かされたか。
まあいい。ジョルジュには話しておいてもいいだろう。だけどなるべく、姫サマには聞かせたくない。
「ギガンテの狩り、覚えていますか」
「ああ」
「あのとき、ギガンテの様子は明らかに普通ではなかった。まるで狂ったように、俺を追ってきていた」
俺はふところから、一枚の布を出してジョルジュに見せる。
「これは?」
「ギガンテの狩りの直前に、俺が姫サマの傷の手当に使った布です。…おそらくこれに、というより、これに付いた血にギガンテは反応していた」
その後、この布に神獣が反応しなくなったのは、河に落ちて血の匂いが落ちたからだろう。
「そして、これです」
俺はメダリオンを取り出し、その表面をジョルジュに見せる。
刻まれたのは、角の生えた人間。つまりは神憑きだ。
「祭壇に捧げているのは…多分、血でしょう」
あくまで仮説ではあるが、おそらくこのメダリオンに刻まれているのは儀式。
神憑きが己の血を流し、供物となって獣を呼び出す儀式だ。
つまり神憑きの血は、獣を狂わせる。
「じゃあ、《原初の獣》を呼ぶには」
「姫サマが祭壇に血を捧げて、供物になる必要がある」
「…どうする気だ?」
「……」
そこで俺は、言葉に詰まってしまって考え込む。まともに考えれば、姫サマをそんな危険に晒すわけにはいかない。だが、それでも俺は――。
「まあいい…今日は休め」
ジョルジュがそう言って、スープを一杯よそって俺に手渡す。
俺はそれを受け取ると、そのままグイっと流し込む。素材の足りないスープは正直薄味だが贅沢は言えない。
「ごっそさん」
そこで、わずかな立ち眩みがあった。満腹感を得て、連日の疲れが出てしまったのだろう。そう思ったが、どうも様子がおかしい。
なぜか、手足に力が入らなくなってきた。
「効いてきたか」
ジョルジュはただそれだけを言うと、スープをその場に捨てた。
朦朧とする意識の中で視界の端に写ったのは…姫サマだった。脇に古地図と書物を抱え、旅支度を済ませている。
そして姫サマは俺の様子を見ると、手元からメダリオンを回収した。
こちらを一瞥し…耳元で何かを言っているが、耳鳴りのせいで聞き取ることはできない。そのまま振り返ると、どこかへ去っていった。
彼女の去り際の言葉は、口の動きからこう言っていた気がした。
「ごめんなさい」と。




