虎穴に入る⑩
「なんだぁ、あの女」
いつの間にか、シェロが隣に座っている。こいつ、そういえばサイラスに吹っ飛ばされてから見ていなかったな。まさか、戦ってる最中どこかで観戦してやがったのか……?
「しかし安心したぜ。アンタがあのころから根っこの部分で何も変わってないみたいでな」
「…なんのこと?」
クククと笑い出すシェロ。そこで笑い出す理由が分からないが、何だか見透かされているような気分だ。
「なにせ《原初の獣》だ。《狩人》としては血が騒がずにはいられないよなぁ」
ニヤニヤと、いたずらっぽい笑顔でからかうようにこちらに微笑む。笑顔だけ見れば、少女時代のシェロのままだ。中身は変わり果てたが。
「いやいや、俺はあくまで姫サマのお供だよ。古都イーディスを探して、姫サマの安全を確保したらお役御免さ。深入りする気は…」
「そりゃウソだね」
シェロは俺の言葉を遮り、ハッキリと否定する。
「いくらでも抜けるチャンスはあったはずだろ? 今回だってそうだ。本当に自分とあの子の安全を優先するなら、街に帰って身を隠したほうがいい」
俺はその指摘に、何も言い返すことはできなかった。
「つまり、自分と周囲の人間を危険に巻き込んでまで成し遂げたいことがあったってことさ」
「…成し遂げたいこと?」
「獲物の匂いを感じ取ったんだよ、アンタは」
シェロは俺の目をのぞき込み、胸を指さす。そしてまるでそれがとても重要なことのように、言葉を続けた。
「いくら日和見を気取ったって関係ねぇ。どこまでいっても、何をしても、アンタは性根が《狩人》だ。自分や仲間が危険だろうと、獲物の匂いがしたら追わずにはいられない」
「…そりゃあ褒めてんのかい? A級《狩人》にそこまで褒められるとは悪い気はしないね」
「ハッ。褒めてんじゃあねえ。オトモダチとしての忠告さ」
てきとうにあしらおうとしたが、それも見透かされたようだ。シェロは変わらず目を見たまま、言葉を続ける。
「自分の本性からは、逃げられねえよ」
逃げられない。その言葉が、ズッシリと重くのしかかった気がした。
「さて、じゃあな」
「…行くのか」
「ああ、《原初の獣》はアンタの獲物だろ? 獲物の横取りは、するのもされるのも趣味じゃねえ。それに、あまり留守にすると看守に悪いからな」
それなら脱獄する時点でどうかと思う。
もしかしたらもう数年単位で会わないかもしれない。そう思うと、今のうちに少し引っ掛かっていたことを聞いておくかという気分になってきた。
いまいち思い出せない、あの記憶のことを。
「あのさ、この前夢で昔のことを見たんだけど」
「あ? 昔ぃ? …何だよ?」
手甲を整えながら、シェロは不機嫌そうな反応を見せる。
「何か…約束とかしなかったっけ?」
シェロの動きが止まった。そして振り返って俺のほうをじっと見る。何やら反応をうかがっている感じだが、俺はそれに何も返せなかった。
「えっと…?」
シェロが駆け寄ってきて、またも俺の目をじっと見つめる。先ほどと違い俺が立っているから、シェロが下から見上げる形になった。
「何を思い出した?」
様子をうかがうように、シェロはそれだけ問う。その顔は、薄っすらと赤みを帯びているようにも見える。
「…いやぁ。別に何も?」
その言葉に、ピクリと目をひくつかせるシェロ。やばい、何かまずいことでも言ったのかもしれない。
接近状態のまま、顔を下にして肩をワナワナと震わせている。
「A級になれたら教えてやる!!」
大声でそう言うシェロは耳まで真っ赤だ。そのまま振り返ると、凄まじい速度で走り去り、すぐに見えなくなった。
一体何だったんだろう…。