虎穴に入る⑨
「な…んでここに!?」
「ん? そりゃあ気付くだろう。あれだけ派手にドンパチやってたらさ」
平然と、何事もないような顔でサァミラはこちらに近づいてくる。
「むしろキリのいいところまで待ってたんだよ? 二人とも楽しそうだったからね…」
「!」
言い終わるより先に、俺はサァミラの顔面に向けてナイフを放っていた。ほとんど反射に近い行動だった。
「ちょちょいの、ちょい」
しかし全力で投げたはずのナイフは、サァミラの元には届かない。サァミラが空中に指で円を描く動作を見せると、その結果…なぜか俺の腰にナイフが戻ってきている。
「!!!」
これが、あの女の狩猟武器の神授なのか? しかし武器らしいものはどこにもない。どこかに隠し持っているのか……?
思考を巡らせたその一瞬。いつの間にか、サァミラが俺の目の前まで距離を詰めていた。
「っ!?」
声を発する間もなく、サァミラは俺の口を強引に手で塞ぐ。
まずい、呼吸が……!
意識が遠のきかけたとき、口の中の違和感に気付いた。
口の中に…鉄の味がする。
「ぷはっ!」
ふと、サァミラの手が俺の口を離れて息ができるようになった。感覚が鮮明になる。そこで感じたのは、口いっぱいに広がる鉄の味。おそらくこれは、血の味だ。
「落ち着き給えよ」
サァミラが手を開いて手のひらをこちらに見せる。手のひらには、薄っすらと切り傷。そこから流れた血が、先ほど俺の口に入ったのだろう。
「私の血を飲ませた。これでほんの少しは神気も回復するはずさ」
確かに、身体にわずかに神気が満ちるのを感じる。
だが……。
「な…ぜ?」
あまりに戸惑いすぎて、それしか言葉が出てこなかった。
回帰派を指揮する立場にいるはずのこの女が、なぜ俺を助けるような真似を?
「私の本当の望みに気付いたからさ」
サァミラは、座り込んで俺に目線を合わせる。まるで怯える子どもを慰めるかのように。
「ギルドも回帰派もどうでもいい…私はね、世界がひっくり返るのを見たいんだ」
うっとりと、想いを馳せるようにサァミラは言葉を続ける。
「それが…なぜ俺を助けることに?」
「そのためには、キミが生きていたほうがいい。キミが…キミたちが何をするにせよ、世界は大きく動くことになるだろう」
サァミラは、目線を合わせながら俺の目の前に何かを落とした。
「キミには期待しているよ」
それは、古びたひも付きのメダリオンだった。表面には、角の生えた人間がひざまづき、何かを祭壇に捧げる姿が彫られている。
「これは?」
サァミラはその質問には答えず、軽く手を振るとそのまま振り返り、その場を去っていった。




