虎穴に入る⑧
「最後に名乗っておこう。俺の名はサイラス」
最後、最後ね。
「戦えて楽しかったぞ」
つまりこれは、遺言か。やはり――想像は当たっているようだ。
バクリ、と。サイラスと名乗った男は、神獣の角を口に放り込む。すると、身体中から蒼い光が漏れだした。神獣の角から取り込んだ、大量の神気の光が。
人の身に余る神気を得た者の末路は…決まっている。
「グォォォォ!!!!!」
獣と、化すのだ。
サイラスの腕も、脚も、身体の至るところが肥大化し、歪みながらも新たな形を作っていく。元あった皮膚は爛れ、崩れたと思うとより強靭な鱗の生えた皮膚へと生まれ変わる。肩の深い傷も、跡形もなく消え去った。
そしてただでさえ巨大だったその身体は、およそ倍ほどの身長にまで膨れ上がった。
神化。
あれが神獣の角を体内に取り入れた結果の現象であることは、俺も話だけは聞いていた。だがもちろん、見るのは初めてだ。
「ハァァァァァ……」
獣と化したサイラスが深く息を吸い込むと、全身が蒼く発光する。それはまるで、神授を発動させるときの神獣の角の輝きと似ていた。
そしてサイラスの身体が…激しい炎に包まれる。あれが、取り込んだ角の持ち主である神獣の神授なのだろう。
神化の恐るべき点、それはただの身体能力の強化だけではない。
神獣と同化し、その神授を自分のもののように操れる。ただし、その代償は――。
「グォォォォ!!!!!!!」
激しく燃える炎を纏い、サイラスが迫る。小細工を弄する間などない。俺はその突撃を、正面から受け止めるほかはなかった。
「《蜃気楼の槍》!」
分身を三体生み出す。目標は前方のみ。突きのラッシュで、サイラスの突撃に対する――!
「ガァァァァアァ!!!!!!」
「こ…の!!!!」
全力の連続突きを、サイラスは燃える拳のラッシュで受け止める。何発、何十発の応酬があったのかも分からない。とにかく、一歩でも引いたら殺される。それだけは、感覚的に分かっていた。だが――。
「まずい…!!」
神化したサイラスを相手に、神気が尽きかけた俺ではとても持久戦はできない。このまま打ち合えば、結果は見えているだろう。
ならば、賭けに出るしかない――!
「はぁ!!!!!!」
槍にさらなる力を込め、サイラスのラッシュを振り払う。距離が空いた。ここで、賭けに出る。
「槍よ…重なれ!」
分身のエネルギーを自分の持つ《蜃気楼の槍》と一体化させる。重なり合うように巨大化した神気の槍を、サイラスに向かって全力を込め、投げた。
この一撃が、賭けだ――!
「だぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「グォォ!!!」
サイラスは槍の一撃を、正面から受ける。拳のラッシュにより勢いは殺されたが、それでもダメージは大きい。
そのおかげで、ふところに潜り込むことができた。
「これが正真正銘…最後の一撃!」
俺は腰の《狩人の宝刀》に手をかける。
そして、抜刀。何者をも斬り裂く最強の刃は、矛盾せずサイラスの腹部を大きく斬り裂いた。
だが――。
「グガァァァ!!!!」
サイラスが雄たけびを上げると、全身の炎が腹部に集中し、傷口を燃やす。すると傷口は焼かれ、出血が止まってしまった。
「そんなのアリかぁ?」
何てデタラメ。だが《狩人の宝刀》を抜いた以上、もう俺の神気は尽きた。反撃の手段はない。
俺の…負けだ。
サイラスが燃え盛る炎をまとい、突撃してくる。あれに焼かれ、俺は死ぬのだろう。そう思った、そのとき――。
「っ!?」
俺の身体を貫くかと思った拳が、寸前で崩れ去る。
その皮膚には、結晶が生えていた。そしてみるみるうちに全身が結晶化して、サイラスの身体は粉微塵に消滅した。
神気の過剰摂取による急激な結晶化。これが神化の最大のリスクだ。やはり限界だったのは、お互いさまらしい。
「……」
気づけば、俺は自然と祈りの所作をとっていた。神獣に対するそれと同じように。
「何とか…なったかぁ」
なんにせよ、生き残った。今はそれでいいだろう。神気はからっけつだが、あとは街の外に逃げればいい。もう安心。そう思ったとき。
気配を感じた。視界の端に写ったのは、見覚えのある顔。
回帰派を束ねるあの《狩人》、サァミラだった。




