虎穴に入る⑦
《重力の大剣》の能力。周囲を“重くする”あの能力は、守りに徹すれば無敵といっていい。
あらゆる攻撃…神授さえも重くして、攻撃を防ぐと同時にダメージを与える。正面からの攻撃は無意味だろう。
だがそれでも、この《蜃気楼の槍》であれば、あの能力を破る方法はある。だが…この男相手にできるだろうか?
「……」
ズリ、ズリと鎧の男が一歩ずつ距離をつめる。《重力の大剣》の間合いに入ってしまえば、こちらの詰みだ。一撃を外しても同じ結果になるだろう。
「《蜃気楼の槍》!」
分身を生み出し、数歩後ろに引いて距離をとる。
狙いは、槍による遠距離攻撃だ。まずは牽制の一撃として、分身で槍を投擲する!
「《重力の大剣》」
当然、放たれた槍は男には当たらず、重力によって地面に落とされる。男は分身が消滅するのを見ると、重力の結界を解いて構えを変えた。
「!?」
男が重力の結界を解いた瞬間…俺は素早く男との距離を詰める。あの能力の前に攻撃射程のアドバンテージは無意味だ。だったら、ふところに入り込んだほうがいい。
そのための、策がある。
「これで!」
俺は男の顔に向かって、隠し持った砂を撒く。もちろんダメージを与えるためではない。兜で視界が悪いのであれば、気休めていどの目くらましになるはずだ。
「《重力の大剣》」
しかし男が再び能力を発動させると、砂は男の顔には当たらずに地面に落ちた。だが十分。ほんの一瞬、気を逸らせればそれでいい。
「そこ!」
俺は正面から槍による連続突きを放つ。この攻撃も、重力で防ぐことはできるだろう。しかし――。
「……上か!」
男も気付いたようだ。男の頭上に飛び上がった、《蜃気楼の槍》で発生させた分身の一体を。これが、あの重力の結界の唯一の弱点。それは真上からの攻撃だけは防げないということ。
重力を発生させれば、真上からの攻撃は勢いをまし、むしろ威力を倍化させてしまうだろう。かといって、能力を使わなければ正面と真上からの連続攻撃を受けてしまう。
これで、能力は使えない!
「無駄だ」
男はそう吐き捨てると、能力を――解除した。
「な!?」
そして大剣を上段に構えると、頭上で激しく一回転の斬撃。その斬撃に巻き込まれた分身は、跡形もなく消え去った。
その回転の勢いのまま、斬撃がこちらにも迫る。俺はとっさに防御に転じたが、対応しきれずに吹き飛ばされてしまう。
「ぐぁ!!!!」
吹き飛ばされた俺は地面に伏せる。
まさか、能力なしの膂力だけで《蜃気楼の槍》の連続攻撃をいなされるとは…!!
まずい。すでにここは、相手の射程内だ――。
「計算は外れたな…終わりだ」
「《蜃気楼の槍》!」
「それも無駄だ」
分身を発生させて、反撃の体勢をとる。当然相手も能力を発動させ、周囲には重力の結界が発動する。
だが、それならそれでいい。時間も位置も、計算通りだ。
「バキィ!!」
「何っ!?」
男の手に、上空から降ってきた小石が当たる。
もちろん、偶然ではない。あらかじめ上空に投げておいた、ほんの小さな小石だ。
普通であればあんな重さの小石、当たったところで気づきもしないだろう。しかし小石は《重力の大剣》の神授によって重さを増している。
「ぬぅ!!!!?」
勢いを増した小石が男の手に当たり、めり込む。衝撃を受けたせいで、一瞬だけ大剣が男の手から離れる。
それでも、小石が与えた衝撃など、ほんのわずかなもの。だが、それでいい。一瞬でも能力が止まれば、スキはできる。
そのスキを――突く!!
「《蜃気楼の槍》!」
分身を重ねた渾身の一撃は男の肩を貫き、その衝撃によって男は大きくよろめいた。傷からは鮮血が噴き出し、男の持っていた《重力の大剣》が大きな音を立てて地面に転がる。
「ぐっ…!!!!」
傷は深い。致命傷ではないだろうが、もう大剣を握ることなどできないはずだ。
決着は付いた。
「…砂を放ったときか。小石を投げたのは」
「まあ、ね。《蜃気楼の槍》の能力が知られている以上、上空からの不意打ちが防がれるのは想定内でしたから」
種明かしすれば、確かに小細工もいいところ。だがこんな小細工を弄する以外に、この男を破る手段はなかった。
「見事だ」
そう言うと男は、兜を脱いで素顔を見せる。兜の中から出てきた顏は意外にも若々しい。どうやらそれほど俺と年齢は違わない。
だが気になったのは、男の目だ。
その目は…まだ戦意を失ったようには見えなかった。
「ここからは…《狩人》としてお相手しよう」
男はニヤリと笑い、ふところから何かを取り出す。
取り出したのは、神獣の角だった。
「オイオイ、まさか…!」
聞いたことがある。回帰派の《狩人》にとっての最終手段。ギルド所属の《狩人》にとっては禁忌中の禁忌である、ある手段のことを。




