回帰派③
その蛇のような目でにらまれた瞬間、心臓をつかまれたような感覚がした。俺の素性だけじゃない。身近な人間しか知らないはずの俺の本名もばれている。
「かつては“神童”と呼ばれた天才少年だったが、狩りの失敗で姉に腕を失わせて以来、精神的トラウマを負ったらしい。以後はC級《狩人》のまま、目立った活躍もないね」
人の個人情報をペラペラと話さないでくれます? デリカシーねぇの?
「驚いたね。《原初の狩人》と同じ名前とは。ウォルフ家の伝統かな?」
「…そんなんじゃないっすよ。まあ昔は期待されてたってことです」
「へえ、今は違うのかい?」
「大切にはされてますよ。必要とされてないだけで」
「ふぅん?」
「姉さんも母さんも、C級から上がれない俺にとくに何も言ってきません。頑張れとも、失望したとも。そっとしといてくれるのはありがたいですけどね。全く必要とされないのも、それはそれで寂しいもんです」
敵相手に何を言ってるんだ俺は。久しぶりに姉さんに会って、昔の夢も見て、ガラにもなくおセンチな気分になっているのかもしれない。
「それは可哀そうに」
大げさな身振り手振りを交えながら、サァミラは俺に優しい声をかける。だがそれは安らぎを与えることはなく、むしろさらなる威圧感を与えていた。
「では…いっそ我々の仲間になってみるのはどうだい? 我々はキミを必要としているよ」
なるほど、長々と回帰派の理念を語っていたのはそれが理由か。ウォルフの名を持つものを一派に取り入れたなら、ギルドに与える影響は大きいだろう。
であるならば、答えなど決まっている。
「もちろん――喜んで!」
ひとまず、話に乗るフリだ。媚でも売っとこう。
「いやぁ…C級の少ねぇ報酬で過ごす日々。将来設計に不安を感じていたんですよ。ぜひ回帰派で働かせてください! 何でもします!」
「ハハ…まあ、気が変わったらでいいさ」
くそ、迫真の演技だったというのに見破られるとは! 流石は回帰派の幹部と言ったところか。
「しかし実際問題、落ちぶれ《狩人》の俺なんか引き込んだところで大したメリットはないと思いますよ? 今のウォルフを体現しているのは姉さんです。俺が何をしても、誰も気にしない」
「ふふ、どうやらよっぽど今の自分が嫌いらしいね」
うるさいな。何だか見透かしているような物言いだ。
「でもそれは勘違いだ。もとより私が欲しいのはキミの家名ではない」
「はい?」
「その目さ」
そう言って、サァミラは俺の目をのぞき込む。先ほどよりも鋭い眼光で。
「これだけ拷問されながら、心の底では私たちを恐れていない。まるで、もっと恐ろしいものを見たことがあるような目だ。それに比べれば、私たちなど怖くないんだろう?
うっとりと、俺の頬をなでるその仕草を見て、俺は初めてこの女に恐怖を覚えた。
「やはり根本的にキミは人より獣に近い。そんな《狩人》であれば、我々の理想の役に立ってくれるはずさ」
どうにも…話の方向がまずいことになってきたな。
「理想? ああ、“あるべき姿に回帰する”とかいう回帰派のお題目ですか」
「ああ、我々は古都イーディスを探している」
あり得ないはずの単語が聞こえた。それに一瞬、反応したのが悟られてはいないだろうか。
「人のあるべき姿とは何か? それは神気を自分で生み出し、神を狩ることなく生きられる太古の姿…つまりは“神憑き”さ。あれこそが、目指すべき理想の姿。そして神憑きの住む都こそ、古都イーディスだ」
「へえ…回帰派がそんなロマンチスト集団だったとは、驚きですね」
「おとぎ話だと思うかい?」
サァミラはこちらを見て、嗤う。まるで心底おかしなものを見るかのように。
「では、キミといっしょにいたあの少女は何だ?」