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神を狩る  作者: アキナカ
最強の剣
34/73

最強の剣②

「やれやれ…何とかなったな」

「そっすね」


 俺とジョルジュは武器をしまい、その場から離れる。背後では、骨が粉みじんにされる音が鳴り続いていた。


「そういやぁ、狼煙暗号を上げていたんだったな」

「まあ、まさかあの人が来てくれるとは思いませんでしたけどね」

「ちょっと…ちょっと!」


 のんびりムードの俺とジョルジュを見て、姫サマが焦った様子で詰め寄る。


「助太刀しなくていいのですか? まだ戦ってるのに!」

「助太刀…あれにか?」


 ジョルジュが苦笑しながら指さした先では、まだ戦いが続いていた。いや、あれはもはや戦いでも狩りでもないだろう。一方的すぎる。


 《狩人》が宝刀を一振りすると、それだけで十数体の骨トカゲが一掃される。見渡す限りの景色を埋め尽くしていた骨トカゲの群れも、いまや無事なのは半数に満たない。もう数分ももたずに全滅するだろう。


「俺は御免だね。下手に巻き込まれたらミンチだ」

「でも…」

「大丈夫ですよ姫サマ。あの人は絶対に負けないので」

「なんでそんなことが…!」

「分かりますよ」


 俺は確信を持って言う。あの人が最強であることは、他ならぬ俺自身が一番よく知っている。


 一振りの宝刀のみを振るい、あらゆる神獣を狩るA級《狩人》。

 偵察も、罠も、仲間も必要とせず、ただ一人だけで狩りを完結させる、現役最強の《狩人》。

 その圧倒的な実力から、付いた《二つ名》は――。


「《孤剣》アイーシャ=ウォルフ。あの人は俺の姉さんですから」


 骨が砕ける音が止んだ。どうやら終わったようだ。姫サマは、姉さんが戦う様子をずっと眺めていた。


「《狩人》だぁ……!!!」


 目をキラキラと輝かせて。いや、《狩人》だったらここにもいますけどね?


「あれ! あれですよ! 昔から本で読んできた《狩人》です! まるで《原初の狩人》みたい!」


 弾んだ声で、俺の袖を引っ張りながらはしゃぐ姫サマ。ちょっと休ませてもらっていいですかね。これでも死にかけなもんで。


 戦いを終えた姉さんが、宝刀を鞘に納める。

 それを見た姫サマは、一目散に姉さんの元に駆け寄っていった。


「あ、ちょっと姫サマ!?」

「あの! あの! 今の剣技って!?」


 無邪気に駆け寄り、質問を浴びせる姫サマ。

 姉さんはそれに答えようとしたのか、口を小さく開くと、息を吸い込んだ。


「……」


 しばらくその場に沈黙が流れる。無反応な姉さんをのぞき込むように、姫サマが顔を近づける。なおも反応はない。


「ゴフッ! ゴフッ! ゲフンゲフン! ゴホ! ゲホ! ウェ…」


 沈黙を破ったのは、姉さんの咳き込む声だった。姫サマはそれにビックリして、数歩後ろに下がる。


「…ふぅ」


 呼吸を整える姉さん。その目元には、薄っすらと涙が浮かんでいた。


「あ~、あ、あぁ…」


 続いて発声練習。これもいつもの光景だ。


「ごめん…なさい」


 そして姉さんの第一声は…謝罪だった。


「人と話すの…半年ぶりくらいだから」


 そう言って姫サマのほうを向く姉さん。しかし目線は姫サマとは合ってはおらず、虚空を見つめている。口元には、ニヤリと愛想笑い。


「あの…」


 姫サマが、不安そうに俺の耳元に口を近づけ問いかける。


「私、何か粗相を?」

「まあ超失礼だったけども…気にしなくていいですよ。姉さんは初対面の人間にはいつもあんな感じなので」

「えぇ……」


 《孤剣》のアイーシャ。姉さんは強さゆえに、仲間を必要としない。


 一度狩場に入ったら、数ヶ月は人里に戻らない。愛用の《狩人の宝刀》一本を背負い、食糧も武器も現地調達。依頼は各地の狼煙暗号から請け負い、狩った獲物は回収屋に託して再び次の狩場へと出立する。


 最強は、群れない。ただ一人のみで完結する、間違いなく現役最強の《狩人》だ。


「コミュニケーションが苦手なだけなのでは?」


 曇りなき眼で、姫サマが疑問を口にする。悪意が全くないのが質が悪い。


「…滅多なこというもんじゃないよ。苦手なんじゃなくて、必要ないんです。ねえ?」


 俺の質問は虚空に消えた。話しかけたと思ったジョルジュは、いつの間にか姿を消している。あの野郎、見つかりたくないからって逃げやがったな…。


「あの…」


 気付けば、姉さんが俺たちに接近してきていた。流石は最強の《狩人》だ。全く気配を感じさせない。

 オドオドとしながら、姫サマをチラチラと横目で見ている。


「えっと…あなたの…名前は?」

「私ですか?」


 姫サマの問いに、姉さんはコクコクとうなずく。


「アゲハです。アゲハ=ウィグリッド」

「…えっと。じゃあ、アゲハちゃん…アゲハさん?」

「ちゃんでいいです!」


 姫サマ? なんか俺のときと態度違くない?


「じゃあ…アゲハちゃん。弟がお世話になったみたいで…ありがとうね?」

「いえいえ、そんなことは」


 本当にそうですよ? どう考えてもお世話しているのは俺だと思う。


「メル」

「ご無沙汰しています、姉さん」


 姉さんは、俺の挨拶にただ微かに笑って、うなずいた。


「本当に助かりました。ありがとうございます。僕たちだけでは、全滅でした」

「説明…大丈夫?」


 最低限の言葉で、姉さんは状況の説明を求める。

 俺はそれに最初、肝心なところをぼかして説明しようと思ったが…やめた。どう考えても無意味だからだ。格上の《狩人》に嘘は通じない。


 姫サマに許可をとったあと、俺は今の状況を包み隠さず姉さんに話した。

 俺が依頼を受けたきっかけ、ゴミ拾い(スカベンジャー)との共闘、そして姫サマが《原初の獣》を探して、古都イーディスを目指していることも。


「そう…」


 姉さんは、その説明にたびたびコクリコクリと頭を動かしながら考え込んでいた。

 そして何か思いついた様子で、口を開く。


「代わろうか?」

「え?」

「…危ないから」


 その提案は、姉さんなりに気を使ってのことなのだろう。だけど、俺は――。


「お気遣いありがとうございます姉さん。でも大丈夫です。もう狩猟拠点まではすぐですし。無事に送ったら、僕も街に帰ります」

「ん…なら、いい」


 苦笑と、愛想笑いで返す以外にはなかった。口が一瞬ヒクついたのを気取られてないか、それだけが心配だった。

 やはり姉さんの中では、俺はいつまで経っても半人前らしい。

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