雪原を往く⑦
「ジョルジュ、姫サマを遠くへ!」
俺はジョルジュに姫サマの安全を確保してもらいながら、頭の中で今のところ分かっている襲撃者が持つ神授の特徴をまとめていた。
ひとつ、骨や剥製などの死体を操る。
獲物を攻撃する際の主な能力らしい。骨や剥製を意のままに操り、連携のとれた攻撃を繰り出してくる。おまけに、操られたものを破壊しても、やがて元の姿に戻るのがやっかいだ。
ふたつ、生きているものを白骨化させる。
これは先ほど目の前で目撃した能力だ。生きた獲物を白骨化させて殺す。今のところ、最も警戒すべき能力だろう。
そしてみっつ…なのかは断言できない。あの滝が逆さになって凍結した氷河も、この神獣の神授による現象なのだろうか。
まるで天地をサカサマにしたような――。
ふと、すべての手掛かりが一つにつながった気がした。だが、確証はない。
それを確かめるために…俺は《蜃気楼の槍》を地面に置き、背中の弓を構え矢を番えた。
狙いは、目の前。最低限の力で弓に力を込め、矢を放った。
「ビュッ」
一直線に放たれた矢を、巨大な骨トカゲは避けようともしない。
ただ矢の方向を向くと…骨トカゲの内部からわずかに蒼い光が見えた。あれは神授が発動したということだろう。
骨トカゲに見つめられた矢はピタリと空中に止まると、空中で向きを反転させた。
そして矢は、その勢いのままこちらに飛んでくる。俺はそれを顔の寸前でつかみ、止めた。
「…サカサマか」
死は生、生は死、動くものはその力の方向を。
どうやら仮説は正しそうだ。この襲撃者の神授は…目で見たものを反転させる。サカサマにするといってもいい。
神授の正体は分かった。あとは対処法だ。
「ジョルジュ、こいつの神授が分かった。こいつは目で見たものをサカサマにする…正面からの攻撃は効かない」
目で見たものを反転させるということは、正面からの攻撃は無意味だ。攻撃の方向を反転させられるだけだろう。
ただし、対処法はある。骨の中に潜んでいるうちは攻撃を反転できなかったところを見ると、能力の射程距離はかなり短いらしい。
「同時だ…同時攻撃を仕掛ける!」
ならば倒す方法は決まっている。同時に攻撃すれば、一度に複数のものを反転することはできない。だから連携して叩く。接近戦を仕掛けるのは自殺行為に等しいが…それでも、今はほかにとれる手段がない。“中身”の神獣が神授を発動させる前に、ケリを付けるほかないだろう。
ジョルジュを呼んだ次の瞬間、足元の氷河から大きな音が鳴る。そして地面から転がり落ちそうな気になるほどの大きな揺れとともに、割れた氷河から、先ほどよりも巨大な骨トカゲが出現した。
「それが、とっておきか…?」
神獣は、素早い動きで超巨大骨トカゲに乗り込むと、コヨッテの歯をカチカチと鳴らした。威嚇行動のつもりか?
ジョルジュは間に合わない。まずはこの骨から神獣を叩き出さなければ!
「カタカタカタカタカタカタ」
ひどく不愉快な音が周囲に響く。先ほどと同じだ。
大技が…来る!
超巨大骨トカゲは、頭を大きく揺らすと、首を鞭のようにしならせた。
「なんちゅうデタラメな動きだ…」
生きている獣であればあり得ない動きだ。あんなことをすれば首がへし折れる。死体であることを最大限に生かした攻撃方法。あの神獣は、本能で神授の活用方法を理解しているらしい。
あの攻撃への対処法は…思いつかない。力ずくだ!
「《蜃気楼の槍》!」
《蜃気楼の槍》の能力で、分身を生み出す。ただし、今回は二体。
二体の分身との多重攻撃。これで、正面からあの超巨大骨トカゲを打ち砕く!
「ドゴォ!!!!!!!」
という音とともに、骨はあっけないほど木っ端みじんに砕け散った。それに巻き込まれて、神獣も空中に放り出されている。
どうにもおかしい。まるであえて砕かせたかのような……。
「ピギィ!」
ふと気付くと、背後にコヨッテが回り込んでいる。そしてその口から飛び出してきたのは……手のひらサイズの小型の神獣。おそらく、これが神獣本体だ。その見た目は、ネズミのようだった。
つまり、今砕いた超巨大骨トカゲは囮で、これが本命か。
神獣は、こちらをしっかりと見据えている。その口元に、ニヤリと笑みが浮かんだような気がした。
神授の射程距離に入ってしまったということだろう。
「ピギャァァァア!」
小さな身体から鳴き声を上げて、神獣は反転させる神授を発動させる。しかしそれは、いかなる結果も生まなかった。
「そうくるとは…思ってたよ!」
思わず口元が緩む。まさか、お互い同じ作戦を考えていたとはね。
神獣の視線の先にいた“俺”が、蜃気楼のように消え去る。
神獣が目で捉えたのは、《蜃気楼の槍》で生み出した分身だ。生み出した分身は、三体。
そして本体の俺は、分身を囮にして神獣の背後に回り込んでいる。今度はこちらの攻撃射程。この距離なら――外す方が難しい。
「ピッ……」
ナイフを構え、神獣の背中を胸へ突き抜けるように刺す。傷口から血が噴き出すと、神獣は小さな悲鳴を上げて地面へと落ちた。
しかし地面に落ちたその瞬間、神獣は素早い動きで起き上がり、鬼のような形相を浮かべて前方に視線を送る。角を蒼く輝かせ、最後の神授で道連れにする気だ。
だが、その視線の先に俺はいない。神獣の側面に回り込んだ俺は、角が蒼く輝いたのを見るよりも早く腰から宝刀を抜く。そして縦一閃に角を断ち切った。
これで狩りは完…了だ。