雪原を往く⑤
ズタズタになった剥製を調べる。やはり中身は空っぽでスカスカだ。とてもこれが動くとは思えない。
何やら小屋の外が騒がしい。カタカタという、無機質なものがぶつかり合うような音が響いてくる。
「姫サマは小屋の中に。外を見てきます」
外に出てみると、すでに夜で周囲は暗かったが、吹雪は晴れていた。だから、音の正体も一瞬で分かった。
動物の骨だ。骨の集団が起き上がり、明確な敵意をこちらに向けている。
「…冗談でしょ?」
何かの悪夢のようだ。だが、これほど多くの骨がこちらを向いているにも関わらず、違和感がある。この骨たちからは、あるべき視線を感じない。
むしろ、もっと遠くから、かすかに気配がある。
何かに、見られている。
「カタカタカタカタカタカタ!」
骨をかき鳴らす音が周囲に響くと、集団が一斉にこちらに襲い掛かってくる。俺はその突撃を槍でいなしながら、集団と距離をとった。
「いくらなんでも、数が多いな…」
骨の集団は、確認できるだけでも数十体。しかも、今まで地面に打ち捨てられていた骨までが、今まさに起き上がりこちらを振り向く。
だが、やるしかない。まずはこの場をしのがなくては。
周囲の状況を見渡していると、俺の前後にいるひときわ大きな骨が、息を合わせたように同時に襲い掛かってきた。
「《蜃気楼の槍》!」
だが、その連携攻撃は俺には当たらない。骨が攻撃したのは、《蜃気楼の槍》が生み出した分身だ。当然攻撃は分身をすり抜け、骨は体勢を崩した。
俺が囮となった分身とともに槍を振り回すと、二重の攻撃が骨の頭を打ち砕く。二つの骨は、そのまま動かなくなった。
「囮としても使えるのか…便利な神授だこと」
実際に使うのは初めてだったが、実に応用の効く狩猟武器だ。分身による一撃の威力も凄まじい。
それもそうか、すでに現役ではないゴンゾウじいさんが振るってもギガンテに有効打を与えられるのだ。現役の《狩人》が使えば、威力はそれ以上だろう。
ときに分身でいなし、ときに槍で斬り裂く。何回もそれを続けたが、なおも骨たちが減る気配はない。
「キリがないね全く…」
《蜃気楼の槍》は消耗が激しい。長期戦になればこちらが不利になるだろう。打開策を探るべく周囲を見回すと…。
「おいおい、ウソでしょ?」
一度打ち砕いたはずの骨が、そのまま砕けた状態で起き上がる。わずかながら、砕いたはずの身体が修復し始めている。どうやらこの骨たちには死という概念がないらしい。当たり前だ、元々死体なのだから。
いや、待て。一度倒しても動き出すということは――まずい!
「いやーー!!」
部屋の中から、甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「クソ! 姫サマ!」
骨の集団をいなしながら、小屋に向かう。
小屋では、姫サマを先ほどズタズタにしたはずの剥製が襲っていた。
「蜃気楼の…!」
再び神授を発動させ、姫サマを助けようとしたが…そのとき、俺に向かって骨の集団が一斉に襲い掛かってきた。
何体かの骨は打ち砕いたが、圧倒的な物量差を前についに身体を押さえつけられ、身動きがとれなくなった。
「くそ!」
視界の端で、姫サマが剥製に襲われている。いよいよその爪が姫サマを斬り裂こうとしたとき――ゴトリという音が響いた。
剥製の腕が根本から崩れ落ち、床に落ちた音だ。
腕の上には、小さな雲が浮かんでいる。どうやら、強烈な毒を含んだ雲から降った雨が腕を溶かし、破壊したらしい。
こんな芸当ができるのは、一人しかいない。
「ジョルジュ!」
そこには、雲使いのジョルジュがいた。狩猟武器《雲生みタクト》を振り、周囲に雲を発生させている。
「伏せろ!」
ジョルジュは、ふところからグァグァの卵を取り出すと地面に叩きつけた。そこから煙幕がモクモクと上がる。ジョルジュお手製の煙幕玉だ。獲物の身体にまとわりつき、その動きを封じることができる。
一瞬ではあるが獲物の動きが鈍った。床に伏せた俺と姫サマは、そのスキに剥製から逃げる。
「こっちだ!」
ジョルジュの誘導に従って小屋を出る。
今のところ、この状況を打破する方法はない。であれば手段はひとつ。逃げるほかないだろう。