転がる獣⑧
「何か言うことは?」
ジョルジュが怒り心頭の様子で俺を問い詰める。どうやら、計画を変更したことについて言いたいことがあるらしい。お互い、ずぶ濡れになった狩人装束を乾かしているから半裸だ。
まあ、当たり前か。結果だけ見れば、一週間分の労力が無駄になったわけだから。正論といえる。
「おいおいジョルジュ。今は宴席だよ? 野暮なこというなよ。楽しもうぜ?」
正論をぶつける相手に対してできることはひとつ。話題を反らすほかにない。
ギガンテの狩猟に成功した俺たちは、河原の近くで宴席を開いていた。その食卓に並ぶのはもちろん、今しがた狩ったギガンテの肉だ。
狩ったはいいが、重量のあるギガンテの身体を拠点まで持っていくのは一苦労。それならばと、河原の近くでそのまま調理することになった。宴会になったのも、その流れからだ。
宴会に出された料理は肉を焼いて刻んだ香草を振りかけただけのシンプルなものだが、しばらくぶりのまともな食事は空腹にありがたい。
宴にはゴミ拾いの面々に加えて、姫サマも参加している。その近くにいるのは、ゴンゾウじいさんだ。
「つまりだ、数十年前まではこの辺にもな……」
危うく神気切れで獣化が進んでいたが、すぐにギガンテの肉を食べて神気を取り入れたおかげで命は助かった。今は元気に、ゴミ拾いの子供たちを相手に昔の武勇伝を自慢げに語っている。
「じいさんに助けられたな」
「まあ、そうすね」
結果的に言えば、今回はじいさんの無茶に助けられた形だ。あのとき、《蜃気楼の槍》の一撃がなかったら、ギガンテに致命傷を負わせることはできなかっただろう。
「全く老いぼれのクセに無茶しやがって……」
呆れてそう語るジョルジュの口ぶりは、どこか誇らしげでもあった。おそらく現役時代のゴンゾウじいさんのことを思い出したのだろう。
「何をしている! お前たちも食わんか!」
ゴンゾウじいさんは上機嫌で俺たちを呼びつける。それに応えるように、俺とジョルジュはじいさんの元に向かう。
「悪いな、外してくれ」
ゴンゾウじいさんの周囲にいるゴミ拾いたちに声をかけるジョルジュ。これからする話は、なるべく多くには聞かれないほうがいい。
「じじい、話がある」
「おう」
深刻な様子のジョルジュに対して、ゴンゾウじいさんはぶっきらぼうに応じる。
俺とジョルジュは気まずそうに目を見合わせたが、やがて先にジョルジュが口を開いた。
「言いにくいし、聞きにくい話だろうが聞いてくれ…あんたはここまでだ。命は助かったが、もう神気を取り入れることはできない。旅を続けるのは無理だ」
「自分の身体のことだ。わかっておるわ」
そう言って、ゴンゾウじいさんは手のひらを広げて俺たちに見せる。
その手のひらには、かすかに獣の毛。予想通り、獣化が進んでいるようだ。
「無理して神気を使いすぎたようだ。もう狩猟武器はおろか、《狩人》として瘴気のある場所を探索することもできないだろう」
「…わかっていたならよかったよ。あんたはもう戦えない。すぐにでも霧のある街に戻るべきだ」
それが意味するところは、ひとつだろう。
「まあ、ここらが潮時でしょうね。古都までの旅は諦めて、街に戻るとしましょう。姫サマには俺から説明を……」
「ならん!」
ゴンゾウじいさんの大声に、思わずたじろいでしまう。その表情には、鬼気迫るものがあった。
「お嬢様の望みだ。諦めるわけにはいかん」
「そうはいっても、俺一人では…」
「無理も無茶も承知だ。だがそれでも、お嬢様の望みを叶えてやりたい…頼む」
ゴンゾウじいさんは、頭を深く下げてそう言った。そう神妙にされると…弱い。なにしろ、結果的にはこのじいさんは俺にとっての命の恩人だ。
「…言っちゃあなんですけど、旅の目的は《原初の獣》を見つけることでしょう? あんなおとぎ話、本気で信じているんですか?」
「信じている」
ゴンゾウじいさんの目は本気だった。姫サマへの忠誠心だとか、情で言っているわけじゃない。
本気で、《原初の獣》の存在を信じている。
「信じる根拠があるのだ」
「根拠?」
「それは…ワシの口からは言えん。口止めされている」
「…誰に?」
「それも言えん」
不満そうにする俺に、ゴンゾウじいさんは言葉を続ける。
「とにかく、頼む」
また、ゴンゾウじいさんは深く頭を下げる。
「ちょっと…考えさせてください」
俺は逃げるようにそう言って、その場から離れた。




