ゴミ拾いの村⑤
「神憑きか」
確かめるように、姫サマの角を見たジョルジュは言った。
神憑き。
《原初の狩人》をこの地に導き、《原初の獣》の狩りを助けたと言われる人々の通称だ。
その姿にはかつて神と人が等しきものであったときの名残があり、神獣と同じ神々しい蒼白い角が生えているという。
つまり古代人というわけだが、あくまで神話上の存在のはずだ。実在するはずがない。ないはずだが……目の前の現実は否定しようがない。
「神…憑き?」
当の本人は、神憑きという名称にピンと来ていない様子で、ポカンとしている。
「それが何かは知りませんけど、この角であれば生まれつきですよ?」
「いやまあそれも気になるけど…そんなことより仮面! 仮面とっちゃダメでしょう! そのままじゃ瘴気に…」
「それも問題ありません。そういう体質なので」
神憑きは神獣と等しい存在である、という話は聞いたことがある。生まれながらにして、自ら神気を生み出せる存在。
つまり、神を食らわずとも瘴気の中で生きていける唯一の人類なのだと。
「この女性に被せた対瘴仮面ですが、あくまで試作品です。瘴気を完全に防げるものではないので、時間稼ぎにしかなりません」
そういって、姫サマは仮面の右側に装着されたフィルタから、霧の残量を読み取る。改めてよく見ると、その残量は満タンに近い。
「元からカートリッジに充填された霧は使っていません。必要ないので。それでも、霧は二週間ていどしか持たないでしょう」
二週間経てば、あの娘は再び瘴気にさらされる。つまり、それがタイムリミットだ。
「十分だ…助かった」
ジョルジュは姫サマに頭を下げ、それだけを言う。それに姫サマは、ただうなづくだけで応えた。
「お嬢様…よかったのですか? お顔と…角を見せてしまっても」
ゴンゾウじいさんが心配そうに問う。
「命より優先すべきものではないでしょう?」
まるで自然に、それが当たり前のことであるかのように姫サマは答えを返す。
ベッドの上の少女に、先ほどの少年が泣きながら抱き着く。その様子を見たジョルジュは、その場から離れて建物の外へと出ていった。
「つまり、あれが理由かい」
それを追っていった俺は、ジョルジュに分かり切った質問をぶつける。
「そうだ。時間がない。お前たちが来なければ、俺一人でも狩りに出るつもりだった」
「そりゃいくらなんでも無茶でしょうよ…まあ、大体状況は分かった。でも一応、アンタがここに来るまでの経緯も聞いておいたほうがよさそうだな」
大体想像はできるが、一応の確認だ。ジョルジュもそれは承知の上だが、そのまま話を続けた。
事の顛末はこうだ。知己であるゴンゾウじいさんから護衛任務を依頼されたジョルジュは、協力者を二人雇って合流地点に向かった。
そしてゴミ拾いたちに獣の群れをけしかけられ、不意打ちを受けて意識を失い、彼らの捕虜となった。はぐれた協力者たちの行方は分からないという。
ゴミ拾いの少年少女は最初ジョルジュを始末し金品を奪う予定だったらしい。しかし、宝刀を彼らが使えないことが分かると放置されたという。
そこからジョルジュ自身が生きるためにも、二ヵ月ほど彼らと協力し、ときには神獣を狩り、ときには《狩人》から略奪行為を行ったらしい。
「何もわかってないガキどもだからな。利用するのは簡単だったよ。C級の少ない報酬よりも、あいつらと協力して悪党やってるほうが稼ぎがいい」
そう悪ぶって、ジョルジュはニヤリと笑う。
「つまりは、情が移って帰るに帰れなくなったわけか」
「…おい」
悪ぶっていても、ジョルジュの性格は分かっている。大方、瘴気に犯され獣化していくゴミ拾いたちを放っておけなかったのだろう。八年前に死人のように塞ぎ込んでいた俺のことを助けたときと同じように。
「格上の《狩人》に嘘はつけない」
それが《狩人》の間での常識だ。
視覚、聴覚、触覚などすべての感覚が常人よりはるかに強化された《狩人》にとって、人間の一挙手一投足から得られる情報というのは膨大だ。息遣いや鼓動の音、目線の動きや手足の動きなどのすべてが、その人間の放つ言葉よりも雄弁に真実を伝えてくる。
だからこそ、《狩人》に嘘は通じない。《狩人》に嘘が付けるのはより格上の《狩人》か、あるいは自分自身で嘘をついている自覚のない、生粋の嘘つきのみだろう。
「格上のつもりかよ。年上だぞ俺は」
そう言うジョルジュは、実に不満そうだ。
「《狩人》歴なら俺のほうが長い」
「よくいうぜ、万年C級がよ」
お、それ言っちゃう? 泣くぜ?
「まあ、状況は分かった」
まったく納得はしていないが、この状況から脱するには選択肢はひとつしかないようだ。
「共闘といこうジョルジュ。明日、俺も偵察に出てみるよ」