ゴミ拾いの村④
「いやいやいやいや、それは無謀でしょうよ」
「B級の神獣というのは、そんなに狩るのが難しいのですか?」
いつのまにか拘束を解かれた姫サマが、こちらをのぞき込んで質問してくる。
「大体、等級が一個上がるごとに十倍の強さになる目安です」
「B級の神獣はC級の《狩人》十人分の強さってこと?」
「まあ、ザックリ言えば」
つまり、動ける《狩人》がC級二人しかいない現状でB級の神獣に挑むのは無謀というわけだ。
「じゃあ、C級の《狩人》でも、百人いればA級を狩れるってことですね!」
「いやいや、そんな単純なものではないから」
《狩人》と神獣の等級が二個も空けば、相手にもならないと思ったほうがいい。何人集まったところで意味を成さないだろう。
《狩人》は高ランクの神獣を食らうことでその神気を体内に取り入れ、身体能力もより強化されていく。ランク順にじょじょに強い獲物に挑み、成長しながらランクを上げていくのが、《狩人》としての正道だ。
であるからこそ、等級の合わない獲物とかち合わないように、ランク制は厳格に運用されているわけだ。
「ここにいるゴミ拾いは全部で十七人。C級以下の獲物では、全員の獣化を抑制するための神気を得ることはできない」
「それにしたってイヤに急ぐじゃあないですか。何か理由でも?」
「さあな」
それだけ言うと、ジョルジュは古ぼけた紙を机の上に広げた。おそらくこの周辺の地図だろう。
「南に使われなくなった鉱山がある。そこにいるB級の神獣を狩る」
「…別に狩りに同意したわけではないけど、そのB級の神獣の名前は?」
「ギガンテ」
ギガンテ。確か鉱石を好んで喰らう大型の神獣の名前だ。
「リスト入りしている獲物だ。偵察はすでに俺が済ませてある」
リスト入りとは、ギルドに神授や生態が記録されている獲物のことだ。一度発見・討伐された獲物はギルドへ情報を登録する義務がある。
リストは《狩人》であれば等級を問わずに誰でも照合できるが、リストを丸暗記している《狩人》は多い。狩りの成否は情報の多寡で決まることを、痛いほど知っているからだ。
「それならまあ、手間は大分減らせるでしょうけど…ちなみに狩りに使える期間は?」
「二週間」
「はい?」
B級の獲物を狩るのに推奨されるのは、まずB級の《狩人》二人、またはC級の《狩人》が十人以上。そして期間は二ヵ月以上だ。それをC級二人、二週間でやろうなんていうのは、どう考えても正気の沙汰ではない。
「B級の獲物を二週間で狩る。分け前は九対一。これが条件だ。飲めないなら、今からでもお前たちを人質にとってウィグリッド家を脅す」
それを聞いて、周囲のゴミ拾いたちの間に緊張感が生まれる。今にも臨戦態勢になりそうだ。
「いやいや、そうはいっても…」
「ジョルジュ、大変だ!」
なんとか説得しようとした言葉は、少年の乱入によって阻まれた。あれは、先ほどジョルジュを庇った少年のようだ。
「姉さんが…姉さんの獣化が! すぐ来て!」
少年の訴えを聞いて、ジョルジュは顔色を変えてその場から駆け出す。俺たちも、それにつられるように建物を飛び出すと、そのままジョルジュを追っていった。
追っていった先の建物は、どうやら診療施設のようだった。すでに大部分が朽ちていて、本来の機能は望むべくもない。埃だらけで、清潔さにも問題がありそうだ。
施設の中には、先行したジョルジュが立っていた。傍らのベッドには、少女の姿。苦しそうにもがきながら、わずかにうなり声を上げている。
すでに獣化の影響は全身に及び、うめき声を上げる口からは鋭い牙がのぞいている。もう獣化が“終わる”のも時間の問題だろう。
つまりは獣となり果て、狂う。
「ジョルジュ! ジョルジュ!」
少年はただ、ひたすらに何かを訴えるようにジョルジュの名前を叫ぶ。ジョルジュはそれに何も返せないまま、ただ黙り込んでしまった。
「間に合わなかった――」
そう悔しそうにつぶやくジョルジュの唇には、わずかに血がにじんでいた。
その様子をどうすることもできずに見守っていると、後から来た姫サマが俺の横を通り過ぎた。
そして姫サマは、おもむろに仮面を脱いだ。
仮面を…脱いだ?
「え?」
ここは霧の中ではない。対瘴仮面がなければ、たちまち瘴気にさらされてしまうだろう。その結果は…目の前にある。それでもその行動をただ見守っていたのは、それがまるで絶対的なものであるかのように、自然すぎたからだ。
姫サマは、脱いだその仮面を少女に被せた。そして仮面のフィルタから神気の霧が噴き出す音が出ると、わずかながら少女の様子が落ち着いた。
「これで、多少は進行を遅らせることができるはずです。気休めていどですが」
凛とした声が周囲に響く。その雰囲気に飲まれたのか、ゴミ拾いの少年少女たちはもちろん、俺やジョルジュも何も返せないでいる。
唯一心配そうに姫サマを見ているのは、ゴンゾウじいさんだけだった。
「お嬢様…」
仮面の下からは、端正に整って後ろに結んだ黒髪と、すべてを見通すかのような澄んだ二つの目が出てきた。その両目には、強い意志を感じさせる深い輝きがある。
だがそれよりも目を引いたのは、頭に生えている、二本角。
その角は、神獣の角と同じ蒼白い輝きを放っていた。